黒人街のシャーロック・ホームズ『I Q』

■I Q /ジョー・イデ

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ロサンゼルスに住む黒人青年アイゼイアは‶IQ〟と呼ばれる探偵だ。ある事情から大金が必要になった彼は腐れ縁の元ギャング、ドッドソンからの口利きで大物ラッパーから仕事を請け負うことに。だがそれは「謎の巨犬を使う殺し屋を探し出せ」という異様なものだった! 奇妙な事件の謎を全力で追うIQ。そんな彼が探偵として生きる契機となった凄絶な過去とは――。新たなる‶シャーロック・ホームズ〟の誕生と活躍を描く、新人賞三冠受賞作!

 日系アメリカ人、ジョー・イデの処女作は『IQ』という風変わりなタイトルのクライム・ノベルだ。IQというと知能指数のことを思い浮かべるが、この小説の主人公はタイトル通りIQが高そうなだけではなく、そもそもの名前がアイゼイア・クィンターベイというこれまた風変わりな名前を持っていて、そのイニシャルの「IQ」でもあるというわけだ。

物語は二つの時間軸にある二つの物語を交互に語ることになる。一つは過去、主人公アイゼイアが最愛の兄を不慮の事故で亡くし、経済的困窮から犯罪に手を染めてしまうが、ある事件から兄の死を乗り越えるきっかけをつかむ、というもの。もう一つは現在。未許可の探偵稼業を営むアイゼイアがとある大物ラップ・スターを巡る殺人未遂事件を追う、というものだ。その事件捜査には腐れ縁のチンピラ、ドッドソンも加わることになるのだ。

物語の特徴を成すのは主人公らが登場人物たちがほぼ黒人で占められ、彼らの生活の様子、その文化や嗜好、貧富のない交ぜとなった生活圏の描写、そしてなによりストリートの息づきが非常に生々しく活写されているということだろう。慣れない言葉を恐る恐る使うと「ファンキー」で「クール」であり、それにより物語に独特の「グルーヴ」を生み出しているのだ。物語はクライム・ノベルだが、ひとつのストリート・ノベルとして読むこともできる。

日系アメリカ人であるジョー・イデがなぜこれら黒人ストリート・ライフに詳しいのかは渡辺由佳里氏による巻末の熱い解説を読んでもらうとして、オレが感嘆したのがこの小説が作者が50半ばを過ぎてから発表した処女作だという事だ。同じく50半ばのオレとしてはこれはもう最大限のエールを送るしかない。物語云々は別として親近感を感じてしまったのだ。

初作品という事で全体の構成等に若干の乱れがあることは否めない。散見する人称の変更は唐突で戸惑うし(しかしこれはプロでも難しいのらしい)、過去現在を交互に語る構成は相乗効果を生むことなく逆にそれぞれの物語のスピード感を削ぐ。物語それ自体は読み終えてみると特記する様な事件性だったとは思えない。主人公アイゼイアの相棒、いわゆるワトスン役のドッドソンがそれほど役に立っておらず、むしろ邪魔。

ただこれらは処女作としてできる限りの手法や構成を試してみようとする作者の意気込みなのだと感じた。これら未完成であったり荒削りであったりする部分は、本書の最大の魅力である濃厚に描かれた風俗性の面白さを前にしてしまうと許せてしまう。続編もありそうだがここでどう化けるかが正念場だろう。

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

IQ (ハヤカワ・ミステリ文庫)