太陽超新星化兵器による宇宙規模のジェノサイドを描くスパイSF作品 / 『アイアン・サンライズ』

■アイアン・サンライズチャールズ・ストロス

f:id:globalhead:20180614173300j:plain

ウェンズデイ、16歳、オールド・ニューファンドランド・フォーの住人。彼女は暗い廊下を必死で逃げていた、執拗に追う怖るべき魔犬をふりきり、避難船にたどり着くために。あんな死体や謎の書類なんて見つけなければよかったのに。時間はもうほとんどない。約4年前、鉄爆弾が太陽を超新星化させ、モスコウで暮らす2億人を焼きつくした。その恐怖の衝撃波面―鉄の夜明けが、まさに今ここに到達しようとしていたのだ。

「そういやチャールズ・ストロスって今どうなってるんだ?」と思ったのである。『シンギュラリティ・スカイ』とか『残虐行為記録保管所』とか『アッチェレランド』とか面白い長編を書いてたけど、最近は全然話を聞かないんだよな。英語版のWikipedia見ると本国では今でもコンスタントに作品が出版されているようだが、日本では全く訳出されなくなってしまったようで、結構寂しい。

そんなストロスの、ずーっと積読にしたあった長編SFがあったので、積読消化の意味合いも込めて読んでみることにした。タイトルは『アイアン・サンライズ』、日本では2006年に発行されており、『シンギュラリティ・スカイ』の続編となる作品だ。 この2作品はいわゆる「ポスト・シンギュラリティ」をその物語背景としていて、この設定がなかなか面白い。

【物語背景】
・21世紀中葉、”特異点(シンギュラリティ)”を突破し超知性体となったAI”エシャトン”は説明されていない理由から全人類の9割を銀河系中に強制移民。
・人類はその後、超光速航法と超光速通信を可能にし、離散していた文明同士の接触が可能になる。
・エシャトンは人類に”因果律侵犯(時間旅行)”を行う事を禁止。これを侵した文明は星系ごと破壊される事さえあった。

というわけで超知性のせいで銀河系中に散らばることになった人類が、これも超知性の恩恵で手に入れた超科学により繁栄を手に入れつつ、その星間同士できな臭い紛争が進行し……というのがこのシリーズとなる。

今作ではまず「太陽の中心に撃ち込まれた”鉄核融合兵器”により超新星化した太陽」の影響で瞬時に滅んだとある星系と、その近隣星系に迫る巨大な衝撃波の危機とが描かれることになる。この冒頭の宇宙的大カタストロフで掴みはばっちり、といったところか。そして物語は「誰がこの兵器を使用したのか?」という謎に迫ると同時に、星系滅亡の際に自動的に発動した、これも大破壊をもたらす報復兵器を阻止するため、前作の主人公たちが急行する、というものだ。

とはいえ前作の主人公であるマーティンとレイチェルは今作では裏方に回り、今作で中心となって活躍するのは16歳のパンク少女ウェンズディと、彼女とたまたま知り合った戦争ブロガーの中年男フランクとが物語を牽引することになる。さらにシンギュラリティ知性エシャトンのエージェント(?)、ハーマンも所々で介入してくる、という内容になっている。

いやーそれにしても分厚い。この作品、なんと650ページもありやがる。今のハヤカワなら上下巻の2分冊か、ひょっとしたら上中下で3分冊ぐらいにしているかもしれない。そしてトータルで購入すると3000円ぐらいになっちゃうという仕組みだ。これが2006年刊行だと定価1000円なのである。おまけにアマゾンの古本なら送料別でたった1円だ。こんな所にも時代を感じるよなあ。

しかし650ページもある今作、分厚い割には物語展開が遅い。鈍重な物語展開だともいえる。実は前作の『シンギュラリティ・スカイ』もこんな感じで展開が鈍重だった。今作でもあれこれ登場人物やお膳立てが整っていわゆる”アクション”に入るのは物語も中盤を過ぎてからである。この辺は作者の初期作の手癖だったのだろう。その後の『残虐行為記録保管所』や『アッチェレランド』では改善されていた。

それと、前作が目くるめくような超テクノロジーの躍る「ポスト・シンギュラリティ・テーマ」のブリティッシュ・ニュースペースオペラ作品として書かれているのに比べると、今作はもっとおとなしめだ。物語も星系間のきな臭い権謀術数が進行するエスピオナージュ作品、スパイSFといった内容だ。『残虐行為記録保管所』もスパイSFといった趣だったから、作者は意外とこっちのほうの資質が強いのかもしれない。

実の所描かれる風俗は現代のイギリスとさして変わりないように思えるし、中盤で明らかになる敵の正体もナチスドイツを彷彿させるし、戦争ブロガーのフランクが過去に遭遇した虐殺事件も現実にアジアのどこかで起こった政変事件を想起させてしまう。この辺りにSF的な瞬発力の弱さを感じる。とはいえようやく勢揃いした登場人物たちが動き出す後半ではようやくSF的な醍醐味を味合わせてくれる。敵役の残虐さは歯応えたっぷり、これに相対する主人公ウエンズディ、前作からの主要人物レイチェルたち女性陣の活躍ぶりが目覚ましい。前作よりも地味目ではあったが、分厚さが気にならないほどするすると読めた。

アイアン・サンライズ (ハヤカワ文庫SF)

アイアン・サンライズ (ハヤカワ文庫SF)

 
シンギュラリティ・スカイ (ハヤカワ文庫SF)

シンギュラリティ・スカイ (ハヤカワ文庫SF)