イルファン・カーン主演による中年シングルカップルのロードムービー/映画『Qarib Qarib Singlle』

■Qarib Qarib Singlle (監督:タヌージャ・チャンドラ 2017年インド映画)

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2017年に公開されたインド映画『Qarib Qarib Singlle』は少々風変わりとも言える大人の恋を描くユニークなロマンチック・コメディだ。主演はイルファン・カーン、ヒンディー語映画初主演となる南インド女優パヴァシー。監督は『Dushman』(1998)、『Sangharsh』(1999)のタヌージャ・チャンドラ。

《物語》保険会社で辣腕を振るうジャヤ(パヴァシー)は私生活では35歳になる一人暮らしの未亡人だった。そんな生活に孤独感を覚えた彼女はある日出会い系サイトに登録し一人の男と会うことになる。待ち合わせのカフェにやってきたその男ヨギ(イルファン・カーン)は破天荒で掴み所のない性格をしており、最初苦手に感じていたジャヤだったが、ヨギのペースに乗せられるまま一緒に旅行に出掛けることになってしまう。しかもその旅行は、ヨギのかつてのガールフレンド3人の元を訪れる、というものだった。

この物語の風変わりさはなにしろこの発端にある。男と女が出会い系サイトで知り合うのはままあることだろう。しかし物語の主人公ジャヤはヨギがどんな男なのかよく知らないまま一緒に旅行に出掛けることを決めてしまう。しかもその旅行とはヨギの元カノを訪ね歩くというものだ。さらにその理由が「彼女らが自分と別れて悲しんでいないか確認したいから」だと言うではないか。まあ少なくとも、日本人の一般的な感覚だと旅行することも旅行の目的も、相当「ありえない」ことなのではないか。

しかしこの「ありえなさ」が物語を面白くしている。ボリウッド映画はなにしろロマンス作品が強いが、多作なばかりに物語のバリエーションが乏しくなりつつある。新奇で多彩な恋の在り方を描いたとしても、今度は共感するのが難しい物語であったりする。例えばカラン・ジョーハル監督の『心~君がくれた歌~(Ae Dil Hai Mushkil)』(2016)などは新しい恋の形を描きつつ、どこか居心地の悪い白々しさを覚えなかったか。そんな中、この『Qarib Qarib Singlle』は発端こそ奇異だが、その後の展開に十分感情移入可能な物語を持ってきている。それは最初に型にはまった常識や前提を飛び越えることで、その後のドラマにより瑞々しい感触を与えることができているからだ。

旅行に出掛けた二人だが最初から恋愛感情があるわけでもなく、ただ成り行きで二人で行動しているだけだ。成り行きで旅に出ることになった恋愛関係にない男女が次第に心を通わせて行く、というボリウッド作にSRK主演映画『私たちの予感(Jab Harry Met Sejal)』(2017)があるが、この『Qarib Qarib Singlle』はそういった定番の展開を微妙に回避する。まず破天荒な性格のヨギはその破天荒さが祟り旅先で常にドタバタを繰り返す(この辺りのコメディ・センスは実に秀逸)。そしてジャヤはそれに振り回されっぱなしで半ばうんざりしている。とはいえジャヤがそんなヨギを見限らないのは、「この人、なんなんだろう?」となぜだか興味が尽きないからなのだ。それは異性であるという以前に、他者としての興味を抱いているということだ。それだけヨギという男は、呆れさせられると同時に強い関心を抱かせるキャラクターとして登場するのだ。

これは多分に女性視点からの恋愛感情の芽生えを描いたものなのかもしれない。男性視点からのロマンス作品であると、相手をどう振り向かせるか、どのように誠実に振る舞うか、またはどのようにボロを出さないか、が中心となるのだろうが、この作品では主人公女性が相手の強力な男性性に魅惑を覚えるというよりも、その人間性にまず重点を置こうとする。信頼のできる存在であるかどうかを見極めようとする。こういった流れにあるロマンス作品であるという部分が新鮮だ。ある意味二人は、知り合ったから旅に出るのではなく、知り合うために旅に出た、ということなのだ。

そしてこの破天荒で興味の尽きない男ヨギを、イルファン・カーンが抜群の演技力で演じ切る。味わいが深いとはいえ決して二枚目という訳ではない、おまけに結構いいオッサンのイルファン・カーンだが、奇妙な男ヨギのキャラクターは非常に個性的で不思議な魅力に溢れている。ある意味イルファン・カーンだからこそこのような微妙なキャラクターを嫌味なく演じることが出来たとも言えるだろう。そしてこの男ヨギは、その生業や生活が殆ど描かれないといった点で観客にとってもどこか謎めいた男だ。一方、ヒロインを演じるパヴァシーは、中年に差し掛かった女性の夢と願望、迷いと孤独を生活感たっぷりに演じ、これも十分に魅了された。特に中盤、睡眠薬で酔っぱらった(?)ジャヤが、遂に己の思いの丈をぶちまけるシーンなどは圧巻だった。

それともうひとつ、この作品の魅力はロードムービーとしての楽しさだろう。主人公二人の旅はまずムンバイから始まり、ウッタラーカンド州デヘラードゥーン、同じくルールキー、ラジャスタン州ジャイプル、シッキム州ガントクへと続いてゆく。実は自分にとって殆どが初めて見聞きするインドの都市ではあるが、しかし映画の中に登場するこれらの都市はどれも美しく豊かな風景を提供し、主人公二人の旅情を鮮やかに盛り上げるのだ。もちろん、観客である我々も、これらの街への旅を疑似体験しながら、緩やかに育まれてゆく主人公二人の恋に思いを馳せることができるのである。そういった部分で映画『Qarib Qarib Singlle』は決して時間を無駄にした気分にさせることの無い優れた良作と言っていいだろう。


Qarib Qarib Singlle | Official Trailer | Irrfan Khan | Parvathy | In Cinemas 10 November