J・G・バラードの描く崩壊後のアメリカ世界/『ハロー、アメリカ』

■ハロー、アメリカ/J・G・バラード

ハロー、アメリカ (創元SF文庫)

エネルギー問題が引金となった経済破綻により、21世紀初頭、アメリカ合衆国は崩壊し放棄され、さらには世界的な気候制御の失敗によって砂漠と化した。そして1世紀が過ぎたある日、蒸気船に乗った小規模な探険隊がイギリスを出港し、ニューヨークに上陸する。密航した21歳の青年は、自分がこの国の新しい支配者、第45代大統領となることを夢見るが……。わずかな残存者のいる諸都市を探訪し、アメリカの夢と悪夢の残滓に邂逅した探険隊の記録を通じて、予言者バラードが辛辣に描き出す強烈な未来像!

実はJ・G・バラードは得意じゃない。長編『結晶世界』と短編集『時の声』を読んでいるだけだ。終末世界とか好きなんだが、バラードの場合はスペクタクルじゃなくてインナースペースだからなのかもしれない。映画化された『クラッシュ』も『ハイ・ライズ』もオレには「???」な作品だった。

そんなオレが今作『ハロー、アメリカ』を手にしてみようと思ったのは、「崩壊後のアメリカ」という作品ビジョンが分かり易く面白そうに思えたからである。作品自体は1981年に刊行されたもので、『22世紀のコロンブス』というタイトルで1982年に日本語翻訳されたものを改題し文庫化したのが本作となる。

物語ではなにしろアメリカは崩壊している。世界的な石油枯渇により都市機能が麻痺しただけではなく、気候制御計画の大失敗のせいで激変した気候がアメリカを巨大な砂漠地帯へと変貌させたのだ。こうして殆どのアメリカ市民がアメリカを捨てヨーロッパに移住してから1世紀。アメリカからの放射線漏洩が観測されその調査の為にかつてのアメリカの末裔たちがニューヨークに上陸する、というのがその冒頭だ。

うち捨てられ砂漠に埋もれかける高層ビル群の描写がいい。そこから次々と描かれる廃墟と化した幾つものアメリカの都市の描写がいい。ポスト・アポカリプスの雰囲気満点だ。しかしこの物語はそれだけではない。都市部だけを襲う謎の大地震、高層ビルの上に浮かぶ巨大な未確認飛行物体、西部から広がりつつあると言われる致死性病原体などなど、ミステリアスな展開が次々と描かれてゆくのだ。しかもそれだけではない。中盤では砂漠をうろつくビルサイズの大きさのカウボーイや人気の居ないキャバレーで「マイ・ウェイ」を歌い続けるフランク・シナトラの幻影など、飛び道具のようにとんでもない情景が飛び出してゆくのだ。どうです、面白そうじゃありません!?

ニューヨークに到着した調査隊が砂漠を超えどんどん西海岸を目指してゆくという流れもいい。要するにこれはアメリカ崩壊後にもう一度「ゴーウェスト」を成そうとする物語なのだ。西へ西へと版図を広げ開拓されたアメリカを、その崩壊後もう一度西へ西へと廃墟を巡り歩く構造になっているのが面白い。特にアメリカ開拓に拍車をかけたミシシッピ川が作品の時間軸では単なる泥濘と化してしまっているという部分などにこの物語が持つ独特のアイロニーを感じる。

そう、この物語の基本となるのはアメリカへのアイロニーだ。と同時に、登場人物たちそれぞれが抱える、アメリカへの憧れだ。崩壊し砂漠化してしまったとはいえ、資源が枯渇し耐乏生活を余儀なくされている未来のヨーロッパ人、その中のかつてのアメリカの末裔たちにとって、アメリカはなおも夢の黄金都市であり続けているのである。それは潰えてしまった夢でしかないけれども、それでもなおアメリカは人類の歴史に燦然と輝いた文明であったという事なのだ。そしてこれは、社会的にも政治的にも混迷と矛盾を抱える現在のアメリカを知っていてもなお、そのアメリカの強大さに眩しさを覚えてしまう我々とひどく似通っていると思えないか。

そしてこの物語の優れた部分は、崩壊後のアメリカというポスト・アポカリプスを描きながら、決して陰鬱な物語ではないという部分だ。確かにクライマックスには非情な戦闘や熾烈なカタストロフが用意されているけれども、物語全体を眺めるとポスト・アポカリプス作品にありがちな暗さや殺伐さ、虚無の空気が希薄なのだ。つまりこの物語は崩壊後のアメリカを遍歴しながらその中に埋もれたアメリカの夢を掘り返し、かつて強く逞しい国家であったアメリカをもう一度夢想することを試みる物語であるのだろう。それは、混迷を抱える現在のアメリカにもう一度輝かしい世紀を夢想することと重なるのだろう。SF作品としても面白かったが、そういった部分に力強い物語性を感じた。う~ん、バラード、やっぱり一回きちっと読んだ方がいいのかもなあ。

ハロー、アメリカ (創元SF文庫)

ハロー、アメリカ (創元SF文庫)