戦いの果てに待つ虚無〜『ヒットマン3』

■果てしなくタフでハードで、そしてあまりに凄惨

オレが今最高にハマっているアメコミ・ヒーロー作品、それは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』でも『ワンダーウーマン』でもなくこの『ヒットマン』である。
ヒットマン。本名トーマス・モナハン、通称トミー。アイルランド系アメリカ人で現在ゴッサム・シティに住む。トミーは殺し屋だ。一応悪人しか殺さない、というルールを持っている。女に優しく友情に篤く、タフでマッチョ、ハードボイルドで"ずぼら"。ちょっとした超能力を持つが、作中でたいした役に立つことは無い。いわゆるDCユニバースの作品であり、だから作品によってスーパーマンバットマンが登場することがある。そしてこの作品の最大の魅力は、主人公トミーを含め登場人物誰もが、「負け犬」であるといった点だ。この『ヒットマン』の1巻と2巻については以前このブログでこんな感想を書いたことがある。

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その『ヒットマン』の3巻と4巻、最終巻である5巻が同時発売されるという。1冊3500円もするからこれは悩んだ。それと、そもそも『ヒットマン』はB級オチャラケキャラが登場するという興味から読み始めていて、その辺はもう確認したから、もういいかな、とも思っていた。だが、『ヒットマン』原作者であるガース・エニスの『ザ・ボーイズ』を読み、その凄まじさに感嘆し、「このガース・エニスという奴はなにか途方もないものを秘めているのではないか」と思い、とりあえず3巻だけを買って読んだ。
するとこれが、これまでの"B級オチャラケキャラ作品"といった内容とは180度異なる、果てしなくタフでハードで、そしてあまりに凄惨な物語が展開していたのだ。これには度肝を抜かれた。オレはすぐさま4巻と5巻を買い揃え、『ヒットマン』ワールドを堪能し尽くした。読み終えて、「これはアメコミ作品の超名作なのではないか」と確信した。出版社が3〜5巻同時発売などというトチ狂ったことをなぜ行ったのかも理解できた。この素晴らしすぎる作品の全てを、早く世に知らしめたいと判断したのだ。文字通り英断である。

■非情と無情の交差するとてつもない物語

さて、1巻2巻とはまるで趣の異なるこの3巻はどういった物語なのか。この3巻は幾つかの章に分かれている。それは「勝利は危険の先に」「トミーの大作戦」「君に捧げる歌」「クソッタレな未来」「ケイティ」の5編。
勝利は危険の先に」はその冒頭から重く暗い。それはSAS(イギリス陸軍特殊空挺部隊)によるIRAアイルランド共和軍)の処刑シーンだ。そしてここで登場したSAS隊員たちが、ある理由からトミーとその仲間たちの抹殺に動き出したのである。その様相は既に戦争である。だが、名うての殺し屋であり、一応スーパーヒーローものの片割れであるはずのトミーは、世界最強の特殊部隊SASが相手ではまるで歯が立たない。そう、ここで描かれるのは現実的な武力に対する架空のヒーローである者の徹底的な無力だ。さらに、SAS隊員たちの「なぜ、何のために戦うのか」と繰り返される自問が、単なるアクション・ストーリーの枠を超え、「戦うことの虚無」を浮き彫りにしてゆく。そしてそのニヒリズムを極めたラストがあまりに衝撃的なのだ。
「トミーの大作戦」 では前回の戦いで己の無力と戦うことの恐怖に取り付かれたトミーが、アフリカの架空の国に傭兵として出向く様が描かれる。ここでトミーは国を悩ます反政府ゲリラの掃討を行うことになるが、そこで目にしたのは、人民に対する国家の蹂躙と虐殺だった。真実を知ったトミーは反旗を翻しゲリラと共闘することになるが、政府は恐るべき超能力を秘めたヴィランを派遣するのだ。ここでは善悪の構図が逆転し、さらに善悪の定義が無効化する様が描かれる。アフリカ国家は非道であるが、反政府ゲリラは麻薬をアメリカに流し軍資金としている。どちらも大義名分を掲げながら同時に薄汚いことに手を染めている。トミーはいくらかましなゲリラに未来を託し協力するが、ここで「正義」とは決して清廉潔白なものではないことも明らかにされる。
「君に捧げる歌」はスーパーマンとトミーとの対話が描かれる短編作だが、ここで描かれるのも「正義」というものの不確かさであり、短いながら非常に印象深い作品だ。続く「クソッタレな未来」はタイムマシンが登場するオチャラケ作品だが、重い問題提起の続くこの3巻ではある種の息抜きになっていてちょっと安心させられる。しかし、ラスト作「ケイティ」で、『ヒットマン』の物語はまたもや暗く寒々しい世界へと逆戻りする。ここで描かれるのはトミーの出生の秘密だが、あまりに遣る瀬無いラストには魂が凍り付くような思いだった。
こうして全編に渡り非情と無情の交差するとてつもない物語を描き切ったのが『ヒットマン』第3巻だったのである。そして物語はさらに壮絶となってゆく4巻へと引き継がれるのだ。以降、明日から4巻5巻と順次紹介してゆく。いや、ホント、物凄い作品ですよ。

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