ジェフ・ダロウの超絶描き込みアメコミ作品3作〜『ザ・ビッグガイ』『少林カウボーイ』『ハードボイルド』

■ジェフ・ダロウというアーチスト


アメコミ・アーチスト、ジェフ・ダロウのコミック2冊が日本でも立て続けに発売されることになり、ここでザックリと紹介してみたいと思う。彼のプロフィールについてはこちらこちらのリンクを参考にしてもらうとして、このジェフ・ダロウ、なにしろ物凄いアーチストなのである。何が凄いって、それはグラフィックのとんでもない描き込みの量なのである。
それはフォトリアルな緻密な描き込みというのではない。ジェフ・ダロウの本領はまずモブ・シーンで発揮する。ページ4分の1ぐらいの大きさのコマに40人ぐらい平気で描き込むし、これが見開きページともなると100人200人は優に超える人間を描き込む。この辺、コピペもあるのかもしれないが、この人だったら実際に全部描いてるんじゃないのかと思わせるような膨大な人物量なのだ。
そしてもう一つは破壊描写の際の、空中を舞いさらに地面にばら撒かれる、破砕した物体の細々とした描き込みだ。爆風や煙で誤魔化すのではなく、微速度カメラで撮影された映像のように、飛び散るそれらを一つ一つちまちまと描き混んでいるのだ。破壊描写に限らず、地面には常にゴミやらなにやらのオブジェが散らかっており、血糊や血飛沫さえポチポチチマチマと克明に描写され、「それは別に省略しても構わないしあえて描く必要もないんじゃないか」と思えるにもかかわらず、でもやっぱり描き込んであるのだ。
そうして生み出されるのは、眺めているだけで目が回り気が遠くなりそうな幻惑性と、有無をも言わさぬ圧倒的な迫力である。ページを繰る度、コマを見る度、「なんでここまで描き込まなければならないんだ?」と呆然としてしまう。そしてそんなページなり一コマ一コマを、何がどう描き込まれているのかじっくり舐めるように眺めてしまう。そんなとんでもない吸引力を秘めたグラフィックがジェフ・ダロウの魅力なのだ。
今回発売となる作品は『少林カウボーイ』と『ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット』。さらに日本では1994年に発売された『ハードボイルド』をここで紹介する。

■ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット

ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット
この作品は日本が舞台となる。遺伝子操作実験の暴走により生まれた"トカゲ状の"巨大怪獣が、(多分)東京の街をなぎ倒してゆくのである。まあ、要するに『ゴジラ』である。それに対抗するため日本政府が送り出したのは、巨大ロボ「ザ・ビッグガイ」と、小型少年ロボ「ラスティ・ボーイ」であった、というのが本作である。まあ、要するに『鉄人28号』と『鉄腕アトム』である。つまりこの『ザ・ビッグガイ』、日本を舞台に『ゴジラ』『鉄人28号』『アトム』が暴れまわるという、とても安直なジャパニーズ・ポップ・カルチャーへのオマージュで成り立っている作品なのだ。しかし原作が『シン・シティ』『300』のフランク・ミラーであり、それをジェフ・ダロウのグラフィックでもって描かれているものだから、一筋縄の「ロボットVS怪獣バトル」という訳にはいかないのである。ここでもジェフ・ダロウの超絶描き込みが炸裂するのだ。破壊されるビルの細かな砕片の一つ一つ、吹き飛ばされる車両のディティール、逃げ惑い右往左往する人々の一つとして同じものの無いポーズ、そして東京のみっちりと密でごみごみした街並みが、これでもかこれでもかと微に入り細に渡り描き込まれているのだ。おまけに怪獣の毒液でモンスターに姿を変えられた人々が通りを埋め尽くして暴れまわり、しかもそれがそれぞれに姿が違うものだから、画面の情報量が過飽和に達しているのである。「ロボットVS怪獣バトル」であるにもかかわらず、もっと異様なものを見せられているのである。日本の閣僚や自衛隊の皆さんも登場するので、『シン・ゴジラ』でヤラレタ人も読むといいのである。ただ『ゴジラ』というよりはどっちかっていると『クローバー・フィールド』に近いもんがあるが。

ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット

ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット

■少林カウボーイ

少林カウボーイ SHEMP BUFFET (DARK HORSE BOOKS)
この『少林カウボーイ』は何故かカウボーイ・ルックの拳法使いのおっさんが、ゾンビの群れを延々倒してゆく、という"だけ"のコミックである。主人公のおっさんは"少林"から連想されるような精悍な肉体をしているわけではなく、割と緩い体型をしている。作者は「勝新太郎座頭市からインスピレーションを得た」そうだから、このルックスはそのせいなのだろう。だからこのコミックでも座頭市が百人斬りをするかの如くゾンビを斬り倒してゆくのだろう。しかし少林カウボーイの武器は仕込み杖ではなく、長い棒の両端にチェーンソウが取り付けられたものだ。まあ、素直に、バカな武器だな、としみじみと感嘆する。で、このダブルチェーンソウをぶんぶん振り回しながらゾンビの群れを切り刻んでゆくのだが、なぜゾンビなのかは、実はよく分からない。しかしとりあえずゾンビだから倒さねばならない。で、このコミックの狂った所は、殆どのページが、異様に描き込まれた無数のゾンビを、少林カウボーイがただただ切り刻んでゆく、鉄拳を打ち込んでゆく、というそれだけのシチュエーションを、数10ページ、数10コマに渡って、ひたすら延々と描き込まれてある部分である。正直、物語もカタルシスもないのである。読んだ人は例外なく「なんだこれは」と唖然とするだろう。「まだ続くの?全部これなの?」と呆れ返るだろう。そして、描かれる殆どのゾンビは、よく見るとそれぞれ刺青がしてあり、さらにセミの幼虫が無数にたかっている。なぜこんなものをいちいち描き加えるのだ?と思う。訳が分からない。とはいえ、実はこれ、コミック1冊丸々使ったコンセプチュアル・アートということもできはしないだろうか。

少林カウボーイ SHEMP BUFFET (DARK HORSE BOOKS)

少林カウボーイ SHEMP BUFFET (DARK HORSE BOOKS)

■ハードボイルド

ハードボイルド
この作品は『ザ・ビッグガイ&ラスティ・ザ・ボーイロボット』に先駆け、フランク・ミラー原作・ジェフ・ダロウ画により1990年に発表されたものだ。日本語翻訳版は1994年に発売され、オレが最初にジェフ・ダロウを知りその作品に衝撃を受けたのもこの作品からだった。日本語翻訳版は現在廃刊となっているが、それほどややこしいお話ではないし、ジェフ・ダロウのグラフィックをとことん楽しみたいだけなら、現在も発売されている洋書を入手すればよいのではないかと思う。で、この『ハードボイルド』、タイトルから渋い探偵物語を連想させるけれども、実はSF作品なのだ。舞台となるのは未来の(多分)アメリカの都市、主人公は収税官吏ニクソン。収税官吏とはいえそこは混沌とした汚濁の未来都市、ニクソンはブラスターガン片手に暴れまわることになるのだ。しかもこのニクソン、実はアンドロイドなのだが自分ではそれを知らず、その隠された来歴により自らのアイデンティティを崩壊させてゆく。その崩壊する自我の中でニクソンは暴走してゆき、さらなる破壊と殺戮を生み出してゆくのである。いってみれば『ブレードランナー』を『ダイ・ハード』のタッチで描いたのがこの作品だということもできる。そして例によって、この作品でもジェフ・ダロウは狂気の如き描き込み量を見せつける。おまけに全編に渡り凄まじいバイオレンスとアクションが展開してゆくので、どのページにおいても大量破壊と大量殺戮がつるべ打ちとなって描かれており、そのいちいちに事細かな描き込みが成されているため、読んでいて目を見張ること必至だろう。それによりこの作品は、非常にショッキングな、そして美味しいものとして仕上がっている。今回紹介した3作品の中でもダントツの問題作であり名作だろう。SF、バイオレンスの好きな方は是非入手して読んでもらいたい。

ハードボイルド

ハードボイルド

Hard Boiled

Hard Boiled