「海」と「異類婚姻譚」~映画『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』『レッドタートル ある島の物語』

■「海」と「異類婚姻譚

アニメ作品『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』と『レッドタートル ある島の物語』をやっと観た。両方とも去年劇場公開されていたのだが見逃していて、この間ソフト発売されたのだ。共にヨーロッパ資本の入ったアニメーションであり(ただし『レッドタートル』は日本のジブリとの共同製作)、どちらかというとアート・アニメに近い感触の作品だ。そして面白いのは、どちらも「海」が重要なキーワードとなり、さらに「異類婚姻譚」を扱っているということだ。
異類婚姻譚」とは日本の昔話でいうと「鶴女房(鶴の恩返し)」であったり、グリム童話でいうと「蛙の王様」のような説話のことである。動物が人間に姿を変え、あるいは人間が動物となり、人間と婚姻を結ぶのだ。これらは古代の族外婚による信仰、生活様式の違いに起源を求める説があるという*1。では作品をざっくりと紹介してみよう。

■ソング・オブ・ザ・シー 海のうた (監督:トム・ムーア 2014年アイルランドルクセンブルク・ベルギー・フランス・デンマーク映画

《物語》海ではアザラシ、陸では人間の女性の姿をとる妖精・セルキー。そのセルキーの母親と人間の父親の間に生まれた兄妹。妹が生まれた夜、母は家族を残して突然海へと姿を消してしまいました。そして妹シアーシャの6歳の誕生日、兄妹はおばあちゃんに町へ連れて行かれますが、そこで突然、シアーシャがフクロウ魔女マカの手下に連れ去られてしまいます。兄のベンは妹を救うため、消えゆく魔法世界へと不思議な旅に出発します…。アイルランド神話を基に描く、幼い兄妹の大冒険、そして別れが、絵本から動き出したかのような、息を呑む圧倒的な映像美で紡がれていきます。(HPより)

「絵本から動き出したかのような」とあるが本当に凝った絵本を紐解いているかのような気にさせる美しい意匠に溢れたアニメだった。その意匠の中にはスコットランド先住民族であるピクト人の遺跡装飾を模したものも含まれ、物語の幻想性を高めている。そういえば以前『第九軍団のワシ』という映画を観たことがあるが、あれに登場したローマ軍と戦う異様な風体の蛮族がピクト人だったのだろうか。
と同時にこの作品はいわゆる「宮崎アニメ」並びに宮崎駿がかつて在籍していた東映動画のアニメ作品の影響が如実に表れている作品でもある。正直ここまで似せなくとも、と思ったぐらいだ。最も連想させたのは『崖の上のポニョ』だろう。あれも海を舞台としたファンタジーだったし、他にも『隣のトトロ』や『千と千尋の神隠し』を思わせるシーンやキャラが幾つかあった。そういった部分で妙な既視感を覚えてしまい、少々新鮮さに乏しく思える部分が無きにしも非ずではあった。
ところで、紀元8世紀にスコットランドに併合され姿を消したピクト人は、文字を残さなかったため"謎の部族"と呼ばれているのだという。そして物語に登場する妖精たちがこの「太古に消え去った部族」の精霊化した姿だったのかと考えるとまた物語世界の幅が広がるのではないか。即ちここで描かれる「異類婚姻譚」は、現代人の中に眠る太古の存在の"血"を甦らそうとした試みであり、また、時を超えてやってきた過去からの声である、と考えるのも面白い。この作品はそもそもがアイルランド神話に基づいてるそうだが、神話と現在を結びつけることで、今現代に生きる者が何者であり、どこから来てどこへ行こうとする存在であるのかを、ファンタジーの形で指し示そうとしたのがこの物語なのかもしれない。

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レッドタートル ある島の物語 (監督:マイケル・デュドク・ドゥ・ビット 2017年日本・フランス・ベルギー映画

嵐の中、荒れ狂う海に放り出された男が九死に一生を得て、ある無人島にたどり着いた。必死に島からの脱出を試みるが、見えない力によって何度も島に引き戻される。絶望的な状況に置かれた男の前に、ある日、一人の女が現れた――。(HPより)

そこへゆくとこの『レッドタートル』はジブリ提携作品ながらまるでジブリの匂いのしない面白い作品だ。そして一つの島を舞台に殆ど人間が登場せず、また台詞が一切なく、さらに物語もグラフィックも徹底したミニマリズムを貫いているといった部分で野心的な作品である。調べると監督は2000年に発表された短編アニメ作品『岸辺のふたり』の作者だというではないか。あの作品もシンプルなグラフィックと語り口調の中に眩いばかりの情念の煌めく傑作だった。
物語は無人島に漂流した一人の男と、不思議な"アカウミガメ"が化身した女との「異類婚姻譚」となるが、しかし、ドラマのようなドラマが語られることは無く、無人島における男の孤独と絶望、そこに現れた女とのささやかな幸福に包まれた日常、そして……という事がらが、ひたすら淡々と描き続けられるだけなのである。にも関わらず、この作品は全く退屈させられる部分が無かった。
それはまず、空と海と島、という非常にシンプルなグラフィックで構成されていながら、注意深く見るならそれらが非常に丹念に質感と色彩を再現している部分に感嘆させられるのだ。海の水の透明感の凄まじさ、島に生える草木の細かに描かれた葉の一つ一つ(プロシージャルか?)、浜辺の岩のざらざらとした質感がグラデーションを成している様、それらが混然一体となり迫真的な世界を形作っているのである。
もうひとつ、この世界に登場する生物の動きのリアルさだ。人間キャラはモーションキャプチャーなのかもしれないが、海を泳ぐ亀や浜辺を行き来する蟹の動きのリアルさはなんなのだろう。特に物語に頻繁に登場する蟹の動きの面白さは、実はこの作品の隠れた魅力かもしれない。
そして時間や天候によって刻々と移り変わってゆく光線や自然の事物の動き、その色合いがまた美しい。なにより驚いたのは夜の情景を描く時だ。夜は画面がモノクロになるのである。光がない以上色彩も存在しない訳ではあるが、当たり前のこととはいえアニメーションの表現としては画期的なのではないか。これら卓越した"動き"と"グラフィック"を兼ね備えたこの作品は既にそれだけでアニメーションの中のアニメーションと言っていいのではないか。
さらにその物語だ。島での、一人、あるいは二人での生活を淡々と描くこの物語は、実はそれが寓話であることにいつしか気づかされる。孤絶した島での孤独な生活も、そこから出ていけない男も、そこに現れ男の魂を救った女も、そしてその女が何がしかの化身であることも、全ては寓意なのである。そして寓話であり寓意であるからこそ抽象的なまでにシンプルな物語なのだ。それら寓意が何を現すものであるかは、観る者それぞれの心で解釈すればいいのだろうと思う。興行的には失敗したとされているが、この先10年の世界アニメ史にしっかりと名前を刻む傑作であることに間違いないだろう。

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