最強の拳よりもさらに強い愛〜映画『イップ・マン 継承』

■イップ・マン 継承 (監督:ウィルソン・イップ 2015年香港・中国映画)


「宇宙最強の男」ことドニー・イェンの名を世に知らしめた『イップ・マン』シリーズ最新作『イップ・マン 継承』であります。
日本でもこのところ『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』や『トリプルX:再起動』とハリウッド出演作が立て続けに公開され、うなぎ上りにファンを増やしているドニーさんですね。自分が『イップ・マン 継承』を観に行った劇場では女性客が相当多くて、もはやクンフー・アクション・スターにとどまらない人気を得ているようです。自分も『イップ・マン』シリーズには実に感銘を受けたクチで、多くはないのですがその他にも何本かドニーさん映画を鑑賞し、すっかりお気に入りの俳優となってしまいました。とはいえ、「イップ・マン」の主人公である"葉問"の名前をずっと"はもん"と読んでいたことをお許しください……(正しくは"ようもん")。
さて改めて書きますとこの「イップ・マン」、実在した詠春拳の達人・葉問(よう もん、イェー・メン、イップ・マン 1893年10月1日 - 1972年12月2日)の半生を描いた映画となります。かのブルース・リーがイップ・マンに弟子入りし詠春拳を会得したというのは有名なエピソードです。この『継承』では丁度その弟子入りを懇願するシーンがあり、リーを演じるチャン・クォックワンという俳優さんの形態模写ぶりがこそばゆくてなかなか楽しかったでした。
孤高の武術家・イップ・マンを描くこのシリーズですが、彼の生きた時代ならではの貧しさや差別、戦争の惨たらしさが物語のそこここに影を落とします。1作目『イップ・マン 序章』では大日本帝国軍占領下における日本軍との戦いを、2作目『イップ・マン 葉問』では終戦直後のイギリス領香港における狡猾なイギリス人との戦いが描かれることになります。
そしてこの『継承』では地上げを目論む地元マフィアと彼らを陰で操るアメリカ人デベロッパー、フランク(マイク・タイソン)がイップ・マンに立ちはだかるのです。マイク・タイソン、イップ・マンにボクシングのフットワークでズズズッと迫ってくるその様は、重量級の巨大な雄牛が敵を屠ろうと頭から突っ込んでくる姿にすら見え、世界チャンピオンのハンパない恐ろしさを垣間見せましたよ!
しかしこの『継承』では他に2つの要素が物語に絡むことになります。一つは詠春拳の使い手チョン・ティンチ(マックス・チャン)が同門であるイップ・マンに"真の詠春拳指導者"を賭けて挑発を仕掛けてくるエピソード。このエピソードでは「詠春拳VS詠春拳」という頂上対決の火ぶたが切って落とされ、カンフー映画の「どっちが強いか」というシンプルな面白さの醍醐味を味わせてくれます。そしてもう一つはイップ・マンの妻ウィンシン(リン・ホン)が病に倒れ、イップ・マンの心に波紋を広げる、というもの。
この3つのエピソードが絡み合い物語られる今回の『継承』ですが、難を言うなら、シナリオの交通整理が上手く行っておらず、どこか散漫になってしまった印象を受けました。1,2作目では乗り越えるべき大きな敵が存在し、時代の波に翻弄されながらも、個人ではなく一人の中国人として戦うイップ・マンの姿が胸を熱くさせましたが、この3作目ではむしろ個人としてのイップ・マンの逸話に終始してしまった点が、スケールダウンを感じさせた部分でしょうか。
とはいえ、自分は逆に、「個人としてのイップ・マン」をクローズアップさせた部分に、これまでの作品とは違う感銘を受けました。それはやはり病に倒れた妻を思うイップ・マンの姿でしょう。完全無欠、天下無双の詠春拳の使い手であるイップ・マンに、敵う者など存在しませんでした。文字通り彼は最強の男なのです。しかしその最強の男でもってしても妻の病をどうすることもできません。最強の男であるはずのイップ・マンが、妻の容体に苦悶するその背中の小ささがあまりに印象的でした。そして、そんな妻を思うイップ・マンの愛もまた、最強の拳をさらに凌ぐほどに、強く、大きく、そして確固としたものだったのです。そんな、最強の男の無力さと、変わりなき愛を描いた部分で、『イップ・マン 継承』はまたしても心に残る映画として完成していました。


イップ・マン 序章&葉問 Blu-rayツインパック

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