戦場のイノセンス~映画『ワンダーウーマン』

ワンダーウーマン (監督:パティ・ジェンキンス 2017年アメリカ映画)

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ワンダーウーマン、降臨。

ワンダーウーマン、映画『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』でその姿を初めて目にして以来オレの胸は高鳴りっぱなしであった。彼女があの勇壮なテーマ曲に乗ってしなやかに戦うその姿にすっかり心を奪われてしまった。彼女を主役に据え映画が製作されると聞き小躍りした。その予告編を観てオレはどこまでも舞い上がった。

その映画『ワンダーウーマン』が遂に公開される。予告編で見せてくれたあの美しき勇猛さをやっと体験することが出来るのだ。そして映画が始まり物語が進んでゆき、オレはさらに驚くことになる。あの興奮に満ちた予告編は、実は映画『ワンダーウーマン』の魅力の数%しか見せておらず、その本編は予告編の興奮など軽く凌駕する、奥深く含蓄に富んださらに素晴らしいものだったのだ。

■神々が愛でし娘ダイアナ

物語の骨子はいたってシンプルかもしれない、それは神々から生を受けたアマゾン族の娘ダイアナ(ガル・ガドット)が、第一次世界大戦による世界の窮状を知り、その背後で糸を操る軍神アレスを倒すため、人間の仲間たちとヨーロッパ戦線に赴く、というものだ。危急存亡の中にある世界を救うためスーパーヒーローが巨悪と対峙する、というお馴染みの物語だ。

だが『ワンダーウーマン』の物語はそんなありがちな骨子の中に独特の描写を織り交ぜることで、世に溢れかえる所謂"スーパーヒーロー物"と一線を画すこととなる。主人公ダイアナが女性であることから生まれるユーモアは同時に硬直的な男性社会への批評ともなり、"スーパーヒーロー作品"でありながらこれが決して"マッチョ"な作品ではないことを思い知らせる。そして"マッチョ"ではないダイアナが戦うその理由は、世界とそこに住む人々への深い共感と慈愛からなのだ。神々が愛でし娘ダイアナは、それ即ち"女神"だったのである。

■自己目的化した【正義】へのアンチテーゼ

ワンダーウーマン』の物語を奥深いものにしているもうひとつの要素は、主人公ダイアナのピュアネスでありイノセンスにある。楽園の如き絶海の孤島で美しき理想の中成長したダイアナは、人間世界の危難を知りそこに【正義】を成そうと立ち上がる。その【正義】は真っ直ぐで一点の曇りもない彼女のピュアなイノセンスさが欲したものだ。だが彼女が足を踏み入れたその戦場は、国家同士の権謀術数と虚虚実実の駆け引きが織り成す、決して一筋縄ではいかない無明の世界だったのである。そこには、単純な【正義】など戯言にしか過ぎないものとして鼻であしらわれる"現実"があったのだ。

数多のスーパーヒーロー作品は、それは即ち【正義】についての物語だった。スーパーヒーローたちは【正義】のためにその鉄腕をふるい、絶対的な【悪】を征伐していた。だが、『ダークナイト』においてバットマンジョーカーとの戦いを通じ【正義】の本質について逡巡し、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』においてアイアンマンとキャプテン・アメリカは【正義】の在り方について対立する。

ここでは、【正義】の持つ定義の揺らぎと不確かさがあからさまとなる。とはいえ、映画を観ているひとりの観客として感じるのは、実は、「ぐだぐだぐだぐだして、かったりー話だな」ということでしかなかったりするのだ。そこでは自己目的化した【正義】の観念的な"意味"は議論されても、誰の何のための【正義】なのかはおざなりにされていた。しかし『ワンダーウーマン』の物語は、それら幾多のスーパーヒーロー作品のアンチテーゼともいうべきシナリオを擁しているのである。

■戦場のイノセンス

ワンダーウーマン』において、主人公ダイアナのイノセンスから導き出された単純な【正義心】は、複雑怪奇な現実社会では稚拙で役に立たないものとして退けられる。そう、いかにダイアナが強力な能力を持っていたとしても、ひとりで世界大戦を終わらすことなどできはしない。しかしダイアナの持つイノセンスはそこで挫けない。ダイアナのイノセンスは【正義】に揺らぎと不確かさをもたらすことを善しとしない。それがいかに無効なものだと知っても、ダイアナは苦難と悲惨の中にある人間たちを捨て置けない。

だからこそ、彼女は戦いの中に飛び込んでゆく。それは【正義】というお題目のためではなく、彼女の中に、人々を救いたいという強烈な想いがあったればこそだったのだ。それは彼女の、人々への共感と慈愛がもたらした想いであった。そして彼女はそこで、己の成せることを成そうとしてゆく。無垢であることは、戦場では何の役にも立たないかもしれない。しかし無垢である心は、時として人を救い、人を癒し、人に安寧をもたらすものなのだ。ワンダーウーマン・ダイアナは、その無垢の心でもって人々を救おうとしたスーパーヒーローだったのである。