大日本帝国軍アメリカ征服!巨大ロボット出撃!オタクネタ満載!〜『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』

■ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン / ピーター・トライアス

第二次大戦で日独の枢軸側が勝利し、アメリカ西海岸は日本の統治下にある世界。巨大ロボット兵器「メカ」が闊歩するこの日本合衆国で、情報統制を担当する帝国陸軍検閲局勤務の石村紅功(いしむら・べにこ)大尉は、特別高等警察の槻野昭子(つきの・あきこ)の訪問を受ける。槻野は石村のかつての上官、六浦賀(むつらが)将軍を捜していた。軍事ゲーム開発の第一人者の将軍が消息を絶っているというのだ――21世紀版『高い城の男』の呼び声が高い、話題沸騰の改変歴史SF

■攻めの姿勢の早川書房

第2次世界大戦で枢軸側が勝利し、日本がアメリカ西海岸を支配するもう一つの世界。期待の新人作家ピーター・トライアスによるSF長編作品『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』は、鬼才フィリップ・K・ディックが描く全く同じテーマを持つSF名作『高い城の男』に真っ向から挑戦状を叩きつけたのかと思わせる作品であり、ディック好きのオレとしては大いに盛り上がったわけである。しかも版元の早川書房では"新☆ハヤカワ・SF・シリーズ"と"ハヤカワ文庫SF"で同時発売というではないか。おおなんだか力が入っているぞ。攻めの姿勢だぞ早川。SFマガジンも隔月発売になってしまったしここは攻めて行かないとな早川。

さてSFシリーズと文庫のどっちを買おうかと思ったが、上下巻で刊行されているが両方の価格足してもSFシリーズより安い文庫のほうにした。しかし実際手にしてみるとこの文庫、値段の割に薄い……1冊1000円ぐらいするのに300ページぐらいしかない。しかも本を開くと微妙に字が大きい。う〜ん出版不況は分かるが謀ったな早川。攻めの姿勢は分かるがこんな所で攻めなくてもいいぞ早川。

■サービス満点な日本描写!

そんなことをブツクサ言いつつ読み始めたが、これが結構いい感じだ。アメリカを征服した日本の文化の描き方は流石に「勘違い日本」ぽくもあるが、そんな些末なことでガタガタ言う程オレは心が狭くない。むしろその奇矯さが楽しく感じるし、そもそも時間軸の異なった宇宙での日本文化なのだからそれが奇異に見えるのは当たり前じゃないか。しかも押える所はきちんと押さえてあって、「どうしてこんなこと知ってんの?」と思ってしまう程日本の事を細かく調べ上げているのがわかる。「伊勢神宮は20年毎に建て替えられている」とかさ。

そして読み進めていくと、最初に想像していたディック的な不条理劇とは違うアプローチで並行世界を描こうとしているのが分かってくる。なんというか、P・K・ディックというよりも、"クール・ジャパン"に侵略されたアメリカの光景をラノベ・テイストで描いた作品に思えるのだ。しかしラノベという言葉から連想する低年齢向けの作品というわけではなく、日本のアニメやコミックやゲームの膨大なディテールがサービス精神満杯で散りばめてある部分でそう感じるのだ。「これって"艦コレ"じゃないの?」と思ったり「これ”スペース・コブラ”のサイコガンだよね?」と思ってしまう場面が頻繁に登場する。

そして極めつけは巨大ロボットの登場だろう。しかも太平洋戦争において既に日本が投入していた、という唐突さで腰を抜かした。正直この巨大ロボの登場には何の必然性もないのだが、「いやだって日本と言えば巨大ロボだしロボ登場させれば間違いなく盛り上がるし」などという作者のなし崩し的な策略に、こちらとしても「よしよし乗ってやろうじゃないか」という気にさせられるというものだ。実のところロボ絡みのエピソードはそれほどないし、物語の中心的なものでもなんでもないから、ロボをメインに押し出した表紙は微妙に詐欺っぽいのだが、そこは早川の攻めの一手ということなのだろう。早川さん……おそろしい子……!!

■グロテスク描写満載!

登場人物も少々毛色が変わっている。まず主人公の一人、帝国陸軍検閲局勤務の石村紅功。物々しい勤務先だが、実は国威掲揚ゲームの製作者で、さらにコンピューターのエキスパート。だが見てくれは腹の出た中年で、出世の見込みが皆無のスーダラ軍人。一方、特別高等警察の槻野昭子は筋金入りの特高で、常に目が三角で血管ブチ切れ気味の狂犬みたいな女。ハイテク知識を生かし常にからめ手で難局を乗り越える石村と、邪魔者は四の五の言わずとりあえずぶっ殺す槻野との、あまりにかけ離れたコンビによる行動が見ものだろう。

物語はこの二人が、敵に寝返ったとみられる失踪した将軍を捜索するというもの。そこで彼らが見ることになるのは、覇権国家日本の横暴とそれに対抗するアメリカ人レジスタンスとの戦いだった。そしてこの「覇権国家日本」を現実の「派遣国家アメリカ」と読み替えるとまた違った面白さがある。”クール・ジャパン”のキッチュな文化描写とは裏腹に、主人公二人が足を踏み入れるのはどこまでも不条理で暴力的なアンダーグラウンド・ワールドだ。物語では殺戮と肉体破壊描写が徹底的に描かれ、最初のイメージとはまるで違うグロテスクさが横溢する。まあしかしこれはこれでまた面白い。作品的には名作問題作といった類のものではないが、OTAKUネタ満載の怪作として十分楽しめるだろう。

■追記

うおおお〜〜ッ!このレヴューをツイッターでリンクしておいたら作者ピーター・トライアス本人からリプ貰ったぁ〜〜ッ!!

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)