カシミール地方を舞台にしたテロ攻防戦〜映画『アルターフ 復讐の名のもとに』

アルターフ 復讐の名のもとに (監督:ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー 2000年インド映画)

■インド映画日本語字幕付きDVD

たいがいのインド映画は輸入盤DVDなりBlu-rayを購入し英語字幕で観ているのだが、実のところ、オレは英語はあまり得意じゃない。あまりというか全然ダメである(それでよく知ったかぶった感想文書いてるもんだが・・・)。本当は日本で劇場公開されるのが一番なのだが、それも殆ど期待できないのが現状だ。だから日本語字幕の付いたソフトは大変重宝するし貴重な存在だ。まあたいがいのインド映画日本語字幕付きソフトは廃盤になっていて、これもレンタルで探すしかないのだが、見つけたら観るようにはしている。
そんなこんなで大体の日本発売&レンタルされているインド映画は観ているつもりだったが(全部と言うわけではない)、ある日この日本語字幕付きDVD『アルターフ 復讐の名のもとに』の存在を知った。原題は『Mission Kashmir』、2000年公開作で、なんとリティク・ローシャン主演である。なんで今まで見落としていたんだ?と啞然としてしまった。IMDbでもそこそこ評価が高い。見つけたときはAmazonでも発売されていて、この原稿を書いている段階ではレンタル落ちでなんと1円である。ツタヤのレンタルでも置いてあったのでこれで観ることにしてみた。

■『アルターフ 復讐の名のもとに』

アルターフ 復讐の名のもとに』はヴィドゥー・ヴィノード・チョープラーが製作・脚本・監督を手掛けた作品だ。『Mission Kashmir』という原題にあるように、カシミール地方を舞台に、テロを題材とした作品として作られている。ご存知の方も多いとは思うが、カシミール地方はインド、中国、パキスタンの3カ国が領有権を主張し、地域紛争が絶えない場所なのだ。こうした背景を元にしたインド映画も多く作られている。チョープラー監督はこのカシミールの出身であるらしく、そういったカシミールへの思いが作品の中にも反映されているのだろう。主演はリティク・ローシャンをはじめ、サンジャイ・ダット、ジャッキー・シュロフ、プリティー・ズィンターと実に充実した配役となっている。
物語にまず登場するのは地元カシミールの警察官イナヤート・カーン(サンジャイ)。彼はテロリストに怖れられる敏腕警官だったが、プライベートでは妻ニーリマー(ソーナーリー・クルカルニー)と息子イルファーンと幸せに暮らしていた。しかしある日イルファーンが大怪我をする。病院に行くもテロリストに脅されている医者たちは手を施すことができず、イルファーンは死んでしまう。怒り心頭に達したイナヤートはテロリストのアジトを急襲し皆殺しにするが、その時地元民も殺してしまう。イナヤートはこの時生き残ったアルターフを引き取るが、アルターフはこの襲撃事件で父を殺した謎の男(実はイナヤート)に憎悪をたぎらせていた。そして10年後、アルターフ(リティク)はテロリストの一員となって復讐を開始する。

■「憎しみの連鎖」を終わらすための物語

この物語、リティク・ローシャンが主演として大きく名前を取り上げられているが、実際観てみると、実は父親であり警官役のサンジャイ・ダットが中心となって物語られる作品だった。そしてこのサンジャイ・ダットが思いのほか素晴らしいのだ。サンジャイ作品というとオレの今まで観た作品の中ではとっても凶悪な顔をした犯罪者役が多くて、好き嫌いは別としても「なんだかおっかない俳優だなあ」という印象だった。しかしこの作品では、そんなサンジャイ・ダットが悩み苦しみ、様々な事に引き裂かれてゆく様子をとても繊細に演じていてびっくりしたのだ。
この物語に登場する人物たちは誰もがみな心を引き裂かれている。サンジャイ演じるイヤナートはテロリストによって幼い子の命を亡くしたこと、そして引き取った子アルターフがテロリストになったこと、そんなアルターフを警察官として逮捕しなければならないということ。イヤナートの妻ニーリマーもまた同様のことで苦しみ、そしてアルターフは自らの養父が実父の仇であることで心を引き裂かれる。アルターフの恋人ソフィア(プリティー)は、愛する者がテロリストであったことを知り苦しみの中に放り込まれる。この物語ではサンジャイだけでなく、妻役のソーナーリー、恋人役のプリティー、そしてリティクも、誰もが素晴らしい演技を見せていて見応え十分だ。
そんな中テロリスト首謀者ヒラール(ジャッキー)だけが人格の存在しない抽象的な描かれ方をしているが、この抽象性は具体的な誰か、あるには何がしかの国家に責任を問うのではなく、「憎しみの連鎖」をどう終わらすのかがこの物語の究極的なテーマであったからなのだろうと思う。描かれるテロリストたちの残虐さやそれを追う捜査陣の情け容赦なさは十分にシリアスであり、クライマックスのアクションも非常に熾烈なものとなっている。だがこの物語は単にテロの生む悲惨と重さのみを扱うのではなく、その中で展開する親子の情愛、そして男女の愛こそに重点を置いている。インド映画お得意の心躍らす歌と踊りも盛り込まれるが、それが美しければ美しいほど、引き裂かれる者の愛の悲劇が浮き彫りにされてゆく作品なのだ。