一人の口上師の死を巡るスラップスティック〜『素晴らしきソリボ』

■素晴らしきソリボ / パトリック・シャモワゾー

素晴らしきソリボ

誰がソリボを殺したか?クレオール作家の画期的小説!!カーニバルの夜、語り部ソリボは言葉に喉を掻き裂かれて死ぬ──クンデラに「ボッカッチョやラブレーにつづく口承文学と記述文学の出会い」と激賞された、クレオール文学の旗手の代表作。

カリブ海に浮かぶフランスの海外県(まあ植民地ですわな)マルティニーク。ここで一人の男が謎の死を遂げているのが発見される。男の名はソリボ・マニフィーク、「語り部」と呼ばれる言葉の達人だった。彼は"言葉に喉を掻き裂かれて"死んだという。彼に何があったのか?なぜ"言葉に喉を掻き裂かれ"たのか?マルティニーク生まれの作家パトリック・シャモワゾーによる小説『素晴らしきソリボ』は、こんなミステリアスな冒頭からとんでもなく狂騒的なスラップステックを展開する物語です。
作者パトリック・シャモワゾーは「クレオール作家」と呼ばれますが、クレオールというのは植民地生まれということを指すのだそうです。総じて「植民地生まれの混血児」ということが言えるかもしれません。またクレオール言語というのは異文化同士の言語が混じり合い、それが母国語化したものを指すようです。まあ植民地語といったところでしょうか。
物語はこうして、「フランスの植民地で被抑圧者として生きる人々」が主人公となります。物語の中心は主人公ソリボの死ですが、それを巡って官憲と現地クレオール人とが上を下への大騒ぎを演じてゆく、というのがこの物語の流れです。そしてそれは植民地で同化させられ生きる人々の明るく陽気ではあるが貧困と無知にさらされている生活を垣間見せるんです。その生活は猥雑さに満ち、誰もが明日のことなんか考えていません。まあ、植民地化されてなくても南国の人はそんな感じかもしれませんが、宗主国フランスの抑圧は確かにそこにはあるんですね。そもそも舞台となるマルティニークって先住カリブ人はフランス人に絶滅させられて、連れて来られた黒人奴隷とその混血が住んでるってことらしいですから。いやあ植民地政策って酷いもんですよね。
そういったクレオール人の生活を描くのと同時に、この物語は失われてゆく「口上」そして「口承文芸」を憂いたものでもあるそうです。「口上」というと『男はつらいよ』の寅さんの、「結構毛だらけ猫灰だらけ」の啖呵売を思い出しますね。この『素晴らしきソリボ』でもソリボの口上が収められていますが、なにしろ口上はリズムと語呂勝負なので、クレオール語で書かれたそれを日本語に訳すのは『フィネガンズ・ウェイク』を日本語訳するぐらい大変な作業だったでしょう。まあそれが成功しているかどうかは各自の判断ってこってすかね。
ただし読む側としては、ミラン・クンデラが評する「終わりつつある口承文学と生まれつつある記述文学の出会い」とかいうことはピンとこなくて、むしろそのミラン・クンデラの否定する「一見ローカルでエキゾチックな小説」の部分に目が行っちゃいましたね。なんかこう訳者のあとがきでも思いましたが、みんな考え過ぎじゃないのかなあ。確かにクレオール史、クレオール文学の文脈で読み解くとこれはそういう小説だってことなんでしょうが、むしろ植民地政策の傷跡がこの物語の中心なんじゃないの?失われたクレオール言語たって、そんなものが生み出されなければならなかった責任はどこにもないのかなあ。そういった部分で、ひと時の暇つぶしの娯楽小説として手に取ったオレとしては、あえて皮相的に南国ならではの奇想天外なマジック・リアリズム展開こそを面白がって読んでいました。

素晴らしきソリボ

素晴らしきソリボ