ハリウッド作品『チャイナタウン』を原案としたインドの傑作ノワール・スリラー『Manorama Six Feet Under』

■Manorama Six Feet Under (監督:ナヴディープ・シン 2007年インド映画)


寒々とした荒地ばかりが広がるラージャスターン州のある小さな町。ここで繰り広げられる醜い陰謀と、それを知ってしまったばかりに命の危険にさらされた男。2007年にインドで公開された映画『Manorama Six Feet Under』は、インド流ハードボイルド・ストーリーとでも呼べそうなノワール・スリラーだ。

この作品、監督がインドの闇を描いたサスペンス映画『NH10』のナヴディープ・シンのデビュー作だというのがなにしろ見所だ(レヴュー:辺境の地を訪れた男女を襲う暴力の恐怖〜映画『NH10』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ)。さらにロマン・ポランスキー監督による名作ノワール『チャイナタウン』(1974)のリメイクだというから期待値はいやがうえにも高まる(映画ではこの『チャイナタウン』の例のシーンがTVで流れている、なんていう場面も)。主演に『Dev.D』(2009)、『Zindagi Na Milegi Dobara』(2011)、『Raanjhanaa』(2013)のアバイ・デーオール。共演にライマ・セン、クルブーシャン・カルバンダ。ナワズディーン・シディッキが小悪党役で出てくるのもお楽しみだ。

《物語》舞台はラージャスターン州にある旱魃に悩む町ラコット。自治体の公共事業部門で働くサティヤヴェール(アバイ)は妻と子とのささやかな家庭を持っていたが、ミステリ小説家となるのが夢だった。けれどその夢も「Manorama」という売れない小説を書いた切り鳴かず飛ばずだ。そんな彼のもとにある日、地元の灌漑大臣ラホール(クルブーシャン)の妻を名乗る女から夫の浮気調査が依頼される。小さな町では探偵も雇えず、ミステリ作家だった彼に白羽の矢が立ったのだ。しかし調査終了後、サティヤヴェールはその女が実はラホールの妻ではなく、しかも謎の交通事故で死亡したことを知る。
事件に興味を抱いたサティヤヴェールは調査を続け、その女が孤児院の職員だったこと、何らかの理由でラホールを恐喝しようとしていたことを突き止める。そこで突然の襲撃を受け負傷するサティヤヴェール。そして死んだ女のルームメイト、シータル(ライマ)もまた襲撃を受けたことを知り、サティヤヴェールは彼女を家に匿うことにする。次第に心を通い合わせる二人。だがサティヤヴェールは、思いもよらない陰謀が背後で進行していることをまだ知らなかった。

傑作である。ボリウッド映画においてスリラー・サスペンスの名作というとあの『女神は二度微笑む』(2012)を思い浮かべてしまうが、あれに匹敵するサスペンス作品といっても過言ではない。この作品自体ヒットはしなかったのだが、評論家の評価は上々だったという。確かにナヴディープ監督による次作『NH10』の研ぎ澄まされたサスペンス構築のあり方を考えると、このジャンルに特化したセンスを持つ才能ある監督であることがうかがえる。しかも『NH10』はどちらかというとショッカー作品だったが、この『Manorama Six Feet Under』は『チャイナタウン』という原典はあるにせよ、細かな物証を積み上げながら事件を検証してゆくミステリ構造を持っている。意外とこういった監督はインド映画界では珍しいのではないか。
そのサスペンス演出は実に抜きん出ている。まず舞台となるラコットの町の、旱魃と冷害に悩む土地の荒涼とした風景が観る者の心に重くのしかかってくる。主人公サティヤヴェールはかろうじて中流家庭を維持してるが、その生活は苦しく、また作家になる夢も潰えた、どこかやさぐれた男なのだ。そんな彼が依頼された浮気調査は次々と予想外の展開を迎え、謎が謎を呼び、その中で幾つもの死を目の当たりにするばかりか、自らも襲撃を受け満身創痍となる。それらの描写は乾いていて、主人公が足を踏み入れた闇はどこまでも暗く冷え冷えとし、最後に辿り着いた真実はあまりにも重く醜悪だ。重低音を基調としたサウンドトラックは不安と恐怖をあおり、次第に明らかになってゆく恐ろしい事実に、片時も目を離せなくなってゆく。
原作『チャイナタウン』とも幾つかの設定が異なってる。まず主人公が本来探偵ではなく、さらに家庭を持っていることが大きいだろう。これにより家族の命の危険がほのめかされ、さらに美しい娘シータルとの淡い恋に背徳の匂いを漂わせる。主人公が作家であることも物語の流れに微妙にかかわる。そして主人公には警官の親戚がいて、時折主人公を助けはするものの"警察官ですら足を踏み入れられない事実"を否応なく主人公に突き付ける。「水道利権を巡る巨大な陰謀」といった部分は原作と同様だが、その先にある真実は『チャイナタウン』と同じある種の地獄の様相を呈しながらも、着地点は全く別個のものだ。つまり映画『チャイナタウン』を知っている映画ファンでも、十分に楽しめ、そして驚愕させられる物語である、ということだ。
それにしてもインド映画はおそろしい。こんなそれほど話題になっておらず、自分もついこの間まで存在の知らなかった作品が、観てみるととんでもなく秀作だったりするのだ。全く掘っても掘っても鉱脈の尽きない世界である。この『Manorama Six Feet Under』にしてもどのぐらい掘ったかというと、タイトル通り6フィート下ぐらいまでは……。オヤジギャグも飛び出したことだしおあとがよろしいようで……。
http://www.youtube.com/watch?v=Qjzr3bBHuho:movie:W620

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