アガサ・クリスティ『そして誰もいなくなった』を原案としたインドのサスペンス・スリラー映画『Gumnaam』

■Gumnaam (監督:ラジャ・ナワテ 1965年インド映画)

■インド映画版『そして誰もいなくなった

孤島に集められた10人の男女が一人また一人と殺されてゆき、そして最後に誰もいなくなった……アガサ・クリスティが執筆した超有名な古典ミステリ小説『そして誰もいなくなった』は、読んだことがなくとも多くの方がそのタイトルを知っていることでしょう。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

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この作品はこれまで何度か映像化されていますが、実はインドでも映画化されていたんですね。それが今回紹介する1965年公開の作品『Gumnaam』です。
今回観るにあたって、原作をどの程度改変しているのかにも興味があったんですが、自分がアガサ・クリスティの原作を読んだのは大昔で、犯人を含め内容をすっかり忘れています。もう一度読み直すのも億劫だったのですが、調べるとR・クレール監督によるハリウッド映画化作品がパブリック・ドメインになってネットに置いてあったので(しかも日本語字幕付き)、最初にこっちを観てみる事にしました(ただしこの映画版はラストが原作と違うそうです)。
◎【日本語字幕】そして誰もいなくなった/And Then There Were None (1945) 【パブリックドメイン

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この作品自体初めて観たのでちょっと得した気分でしたね。

■いきなり殺人!いきなり歌と踊り!

というわけで『Gumnaam』です。まずいきなり交通事故に見せかけた謀殺が起こり、さらにそれを指示したとみられる男が何者かに射殺されます。おお!さっそく原作と違う展開!そしてなんと!場面変わってダンス大会における歌と踊りが繰り広げられるんです!さすがインド映画!そしてこれが超カッコイイ!
◎Jaan Pehechan Ho

これ、「Legend of Legends」とも呼ばれるインドの国民的歌手、Mohammed Rafiによる「Jaan Pehechaan Ho」という曲なんですが、ゴーゴー・ダンスっぽい曲調がレトロモダンしていて今観ても相当いかしてますね。実はこの曲、コミック原作のアメリカ映画、『ゴースト・ワールド』の冒頭を飾った曲でもあるらしいんですね(映画観たけど忘れている)。

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このダンス大会での勝者7人は賞品として飛行機で行くリゾートアイランドでのバカンスが約束されていました。しかし彼らが乗った飛行機は突如見知らぬ島に緊急着陸し、彼ら7人とキャビンアテンダント一人を下したまま飛び去ってしまうのです。訳も分からぬまま島を彷徨う8人はとある洋館を見つけ、そこに入ります。彼らを出迎えたのは一人の召使いでした。そしてこの洋館で、彼らは一人また一人と何者かに殺されてゆくのです。

■インド版『そして誰もいなくなった』はやっぱりインド版だった

ここでお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、この『Gumnaam』、洋館に取り残された人間の数が原作の10人と違って召使い含め9人なんですね。さらにこの作品では、原作にある「10人のインディアンの歌」と10体のインディアン人形が登場しません。原作ではこの歌の通りに人が殺されてゆく、といういわゆる「見立て殺人」が行われるのですが、『Gumnaam』ではそれがないんです。それと原作では洋館に集められた人間の罪業が最初に明かされますが、映画ではこれがなく、誰かが殺されるたびにその罪業が手紙で届くんですね。しかしこの映画、本当に違うのはそんな所じゃないんですよ!
まずなにしろ、歌って踊ってばかりいて全然人が死にません!冒頭の殺人以外は、映画が始まって50分ぐらい経ってからやっと一人殺される程なんです。映画自体は2時間半あるんですけどね。で、殺されたと思ったらまた歌と踊りです!映画では10曲のソングシーンがあり、実際は歌だけのシーンのほうが多いのですが、絶海の孤島に訳も分からず取り残され、謎の殺人者が次々と人を殺し続けているという状況なのに、その合間に歌って踊ってって、みんないったいどういう神経してるんだ!?
◎そもそもこれを見て原作が『そして誰もいなくなった』だと誰が思うんだ!(これ、実は妄想シーンなんです)

全体的なお話の流れは「歌と踊り」→「殺人」→「サスペンス」→「歌と踊り」が延々繰り返されるという作りになっていて、観ていると「歌と踊りがあったから次は誰かが殺されるな」と予想が付くという訳ですね!一応この作品はミステリなんですが、なんかもう謎解きとか犯人探しとか観ていてだんだんどうでもよくなってきて、楽しい歌と踊りと陰惨な殺人とが、ミルフィーユのごとく重ね合わせられながら描かれてゆく、その異様な構成が、次第に面白くなってくるのですよ。
もうひとつ、映画『Gumnaam』が原作と違うのは、ホラー的な味付けが成されている、という部分ですね。洋館や島のあちこちで、時々どこからともなく女の歌声や、女の笑い声が聞こえてくるんですよ。誰かもう一人の女が島にいるのか?それとも亡霊なのか?これが正体不明で不気味なんです。他にも殺された人たちの幻影が現れたりとか、朽ち果てた教会に薄気味悪い彫像があったりとか、どことなくお化け屋敷っぽい映像効果で観るものを震え上らせるんですね。この作品が本当にミステリじゃなくてホラーだとしたら、いくら『そして誰もいなくなった』が原作だとしても全然違う話になってしまいますが、実際どちらなのかは一応秘密にしておきましょう。全体的にこんな構成が飽きさせることなく物語を引っ張り、思った以上に楽しめた作品でしたね。