アリスが時を遡るファンタジー・スト―リー〜映画『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』

アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅 (監督:ジェームズ・ボビン 2016年アメリカ映画)

1.

この『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』は前作から3年後のアリスが主人公となる。
おさらいすると、前作『アリス・イン・ワンダーランド』ではアリスが幼い頃に体験した「不思議の国」での冒険から13年後が舞台となり、望んでもいない婚約パーティから逃げ出したアリスが再び「不思議の国」へ迷い込み、マッドハッターら仲間たちと協力しあいながら「不思議の国」を支配する赤の女王を打ち倒す、という物語だった。そしてこの物語を、オレはアリスの深層心理の世界を描いたものだったんじゃないのかな、と思った。

『不思議の国』と名付けられたこの世界は、アリスの深層心理の世界だ。その世界における白の女王と赤の女王の戦いは、善と悪の戦いなのではない。血の繋がった姉妹である赤と白の女王のその性格は、実は1つのパーソナリティーの内面と外面なのだ。それは無意識と意識であり、アニマ・アニムスとペルソナであり、幼児性と社会的成人なのだ。つまりこの戦いは、子供から大人になろうとしている少女アリスの成長の葛藤なのであり、結果的に白の女王は勝利するが、それは社会的自己を確立するための通過儀礼ではあっても、決して内面や無意識や幼児性を否定するものではない。なぜなら、白の女王その人もまた、不思議の国の住人ではないか。人はいつか大人にならなければならないものだけれども、それは子供であったことを捨て去るといったことではない。子供であった頃を内包しつつ、人は大人になるのだ。
深層心理の国のアリス〜映画『アリス・イン・ワンダーランド』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ

2.

1作目は大人になろうとするアリスの、その精神的葛藤が不思議の国での戦いという形になって現れたのだろう。一方、この『時間の旅』におけるアリスには、「現実世界との戦い」が、みたび不思議の国に彼女を連れ戻すきっかけになったのだ。それは前作でアリスが求婚を退けた貴族の御曹司ヘイミッシュの汚らしい企みだ。アリスは父の形見である船を手放さねばならぬ危機に陥れられたのだ。さらに「女は家にいるべきもので、大航海など似つかわしくない」といった蔑視がそこにはあった。そんな状況の中にあるアリスが今回旅した不思議の国では、前作での盟友マッドハッターが瀕死の状態に至っている。マッドハッターを救う為には、時間を遡り過去を改編するしかない。その為には時の番人タイムの領地に忍び込み、時を操る"クロノスフィア"を奪う必要があった。

さてこの『時間の旅』、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』を原作にしているように見えて、実際内容は殆ど関わりのないオリジナル・ストーリーであると思っていいだろう。けれどもその分、原作の制約を抜け出た新しいファンタジー作品として観れば問題はないし、オリジナルであるからこそ斬新な物語展開を成しえていたように思う。それは日本版タイトルにある「時間の旅」にまつわるファンタジー・ストーリーであり、その中心となる時の番人タイムの領地の、暗く冷たいメカニカルなビジュアルと、アリスが手に入れた航時機クロノスフィアによる、巨大な「時の海原」を乗り越えてゆくスペクタクルがこの作品の見所となるだろう。

3.

今作は確かに、前作でティム・バートンが手掛けたファンタジー・ワールドの狂ったようにカラフルな楽しさはないかもしれない。全体的にビジュアルもお話も暗めで、さらに破滅の匂いすらする。しかしこれは、前作がその根底にあったものが「子供から大人になることの葛藤」だったのと比べると、今作の根底にあるのは「現実との戦い」である以上、暗くならざるを得なかったのではないか。そして、不思議の国でアリスが戦う相手は「時間」なのである。それは「死」との戦いですらある。
さらに今作では、マッドハッターが死の病に臥せっており、全く活躍しないキャラクターであるばかりか、登場する「不思議の国のキャラクター」も、添え物程度の登場で、殆ど物語に寄与しない。逆に一人気勢を挙げているのは赤の女王ぐらいである。だがこれも、この物語が「大人になったアリスの物語」である、ということの証拠なのではないかと思う。今作のアリスは、「不思議の国を彷徨い歩く少女」ではない。友の為に危険を顧みず行動し、自らその運命を切り開いてゆく「大人の女」である。もう"不思議ちゃんな子供"でない彼女に、「不思議の国のキャラクター」はいらない。こんなアリスを演じるミア・ワシコウスカも、前作から十分に成長し経験を積んだ女優になったな、ということがありありとうかがえる。
そういった部分で、ファンシーさを極めた前作と比較すると見劣りする部分があることは認めるけれども、一個の別なファンタジー作品として観るなら、これはこれで非常に楽しく、妖しい美しさに彩られた、とても完成度の高い作品なのではないかとオレは思ったけどな。ただひとつ、あの素っ頓狂な顔とルックスをしたマッドハッタ―の家族というのが、なんだかどうにも普通過ぎるのだけはちょっと納得できなかったが。

不思議の国のアリス (角川文庫)

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鏡の国のアリス (角川文庫)

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