シャー・ルク・カーンがインド一の出世頭を演じる映画『ラジュー出世する(Raju Ban Gaya Gentleman)』

■ラジュー出世する(Raju Ban Gaya Gentleman)(監督:アズィーズ・ミルザー 1992年インド映画)


シャー・ルク・カーンの出世作と言われる『ラジュー出世する』、やっと観ました。この作品の公開年である1992年に銀幕デビューを果たしたシャー・ルクは同年だけで4作の映画に出演し、その1作であるこの作品が大ヒットしたというんですからまさしく破竹の勢いでスター街道を歩むことになったんでしょうね。ただどうしても最初期の作品というとまだまだ拙かったりするんじゃないのかな?と思って暫く作品に触れて無かったのですが、『ラジュー出世する』の原典と言われる『Shree 420』をこの間観て、いい機会だから観比べてみようと思ったわけなんです。共演にジュヒー・チャウラー、ナーナー・パーテーカル。監督はこれがデビューとなるアズィーズ・ミルザー。

物語の主人公はダージリンからボンベイ(現ムンバイ)へ一旗揚げようとやってきた青年ラジュー(シャー・ルク・カーン)。とはいえそこは世知辛い大都会、なかなか仕事も見つからず四苦八苦するラジューだったが、捨てる神あれば拾う神あり、そんな彼を奇妙な男ジャイ(ナーナー・パーテーカル)が拾い上げ居候させてくれたり、近所に住む娘レーヌー(ジュヒー・チャウラー)と恋に落ちたり、あまつさえそのレーヌーの口利きでゼネコンに就職先が見つかったりと、なにかと幸運が訪れる。ラジューはその敏腕振りを社長令嬢サプナーに認められ、あれよあれよと出世するが、レーヌーとは擦れ違うようになり、さらにラジューを快く思わないライバルたちが妨害工作を画策し、ラジューの担当する工事現場で大事故がおきてしまう。

いやあ楽しかった!この『ラジュー出世する』、今観ても全く遜色のない面白さで、こんなによく出来てるとは思いませんでした(正直ナメてましたスイマセン…)。シャー・ルクの映画は割と観ているつもりだったんですが、その中でも結構クオリティの高い作品になるんではないでしょうか。確かに時代こそは感じさせますが、個人的には『DDLJ』よりもエンターティンメント性といった部分でよく出来ていると思うし、楽しさといった点では『OSO』に匹敵するんじゃないか…というのはちょっと褒めすぎになっちゃうかな?

Wikipediaによると「日本では、1954年公開の『アーン』『灼熱の決闘』以来、43年振り、3本目のロードショー公開となるインド娯楽映画。次いで公開された『ムトゥ 踊るマハラジャ』に先立ってマサラムービーブームの礎を作った*1」らしいのですが、当時ですらあまり日本でなじみの薄いインド映画を公開しようと英断した映画会社担当者の気持ちもよくわかります。だってこれ、本当に面白いんだもん!映画を観た観客の方も面白さにびっくりされたみたいで、今ネットを調べても当時&再上映でこの映画を観た方の興奮のさまをちらほら見かけることができます。
この面白さの要因は屈託のないストレートな描写の数々にあるでしょう。1992年作だからこそ物語の構成が複雑化せず、ストレートな描写がまだ可能だったんでしょう。なにより映画前半におけるラジュー&レーヌーのラブラブ・シーンです。レーヌーの投げキッスを受け止めるラジュー、レーヌーの胸の高鳴りを彼女の胸に耳を当てて聞くラジュー、こんな二人の嬉し恥ずかし恋のやりとりが初々しく、とってもキュートなんですよ。そして出世したラジューを町の皆が歌って踊って大騒ぎで祝うシーンの楽しさったらありません。ラジュー演じるシャー・ルクは溌剌としていて、レーヌー演じるジュヒー・チャウラーも実に表情豊かに役を演じます。こんな二人を見守るジャイがまた可笑しくて、年の功とでもいうのでしょうか、恋する者同士がとるお決まりの行動を逐一予想し言い当てるシーンなどは出色でした。このジャイを演じるナーナー・パーテーカル、若者中心の物語だと甘くなりそうなところを、中年(しかも怪しい)の年季でピリリと締めていたところが実にすばらしかった。

こんな楽しさはラジューが現実の厳しさ醜さにぶち当たる後半で失速してしまうのですが、逆にこの後半はシリアスに盛り上がってゆくことになります。そしてこの後半こそがこの作品のテーマとなり、またオリジナル作品である『Shree 420』と繋がる部分でもあるんです。ラジューは『Shree 420』の主人公のように詐欺師になるわけではありませんし、また困難な状況に精一杯対応しようとはしますが、「お金のためにモラルを失うこと」という部分で共通しています。『Shree 420』では1947年のインド独立が、この『ラジュー出世する』では1991年から始まった経済自由化が物語の背景にあると思うのですが、どちらもその根底にあるのは「巨大な経済機構の変化に巻き込まれることへの庶民の不安」です。その渦の中で、インド人が心の拠り所とすべきものはなんなのか、それが『Shree 420』『ラジュー出世する』のテーマだったのではないでしょうか。そしてこの「経済と個人」の問題は、この作品と同じシャー・ルク&ジュヒー・チャウラー主演、アズィーズ・ミルザー監督による『Yes Boss』へと受け継がれてゆきます。

http://www.youtube.com/watch?v=gwkVwJj0ahs:movie:W620