ジョン・ヴァーリイの〈八世界〉全短編第2集『さようなら、ロビンソン・クルーソー』を読んだ

■さようなら、ロビンソン・クルーソー (〈八世界〉全短編2) / ジョン・ヴァーリイ

さようなら、ロビンソン・クルーソー (〈八世界〉全短編2) (創元SF文庫)

時は夏。そしてピリは二度目の幼年期を迎えていた――冥王星での長い夏休みと少年期からの再卒業を鮮やかに描く表題作など、6編を収録。謎の超越知性により地球を追放された人類が、水星から冥王星にいたる太陽系各地の〈八世界〉で新たな文明を築いた未来を舞台に、性別変更や身体改変、記憶の保存や移植すら自由な世界で生きる人々を軽やかに描く。天才作家ヴァーリイの代表作〈八世界〉シリーズ全短編集、待望の第2弾。

2050年、地球は異星人に侵略され、人類は太陽系の他の惑星に居住せざるを得なくなった。そして数百年後。ジョン・ヴァーリィの【八世界シリーズ】は、そういった背景のもと、超科学の力により様々な身体構造・社会構造へと変化していった人類の未来を描いた宇宙史である。
そしてこの『さようなら、ロビンソン・クルーソー』は東京創元社が独自編集したその【八世界シリーズ】の第2巻、完結編となる。第1巻については以前拙ブログにおいて『太陽系8つの世界に版図を広げた人類のエキセントリックな未来〜『汝、コンピューターの夢』 - メモリの藻屑、記憶領域のゴミ』として紹介したので、よろしければ参考にしていただきたい。そこからの引用になるが、【八世界】とは以下のようなものとなる。

「八世界」とは何か。それは「人類の居住地が、水星、金星、月、火星、タイタン、オベロン、トリトン冥王星の八つの天体に築かれていることに由来する(解説より)」。あれ、地球は?というと、実はこの未来史において、地球は異星人の侵略を受け、住んでいた人類全てが滅亡していたのである。その時地球外に居住していた人類だけが生き残り、そして地球外世界(すなわち「八世界」)へと版図を広げていった、というわけなのである。この「八世界」での人類の繁栄には訳があった。へびつかい座70番星から謎のデータが送られてきており、人類はそれを解析することで超科学を手に入れ、そして宇宙での繁栄を可能にしたのだ。という訳で地球滅亡から数百年、太陽系八世界に広がった人類はどのような変貌を遂げたのか?というのがジョン・ヴァーリイの「八世界シリーズ」なのである。

【八世界シリーズ】はこれら短編集収録作品の他、長編『へびつかい座ホットライン』『スチールビーチ』『ゴールデングローブ(未訳)』の3作があり、さらに『アイアンタウン・ブルース』の刊行が用意されているという(ヴァ―リイは『スチールビーチ』以下の長編作品を厳密には【八世界シリーズ】に含めていないらしいが)。
地球外環境への居住、それに適応するために変化させられた肉体構造、それにより変貌を遂げた社会と人間としてのアイデンティティ、そういった未来の人間たちのドラマがこの【八世界シリーズ】で描かれる。そしてこのシリーズの最大の魅力は、それにより導かれる「人間という固定概念の再構成」にあるだろう。【八世界】においては、性転換は日常茶飯事であり、クローン技術により肉体は長寿を得ている上に外見の年齢は任意のものを選択できる。それにより、男女差、年齢による上下関係、さらに親子の在り方までが全く違ったものかあるいは無意味なものと化してしまう。
そして一見SF的な実験と見られるそれらは、実は現在の人間社会における通念の変化を究極的に推し進めた結果の社会と見ることもできる。例えば【八世界】においては現在あるジェンダー問題はある意味全て解決しているのである。しかしジョン・ヴァーリイはこれらの作品を社会問題の見地から描いたのではなく、SF作家が科学技術の発展した世界を描くように、同じSF作家として社会通念の変容した世界を夢想した結果なのだろうと思う。
さて今回の『〈八世界〉全短編2』だが、『全短編1』と同じ世界観の元にあるにもかかわらず、『全短編1』の作品群とは微妙に読後感が違うことが目を惹いた。『全短編1』が「どの物語にもロマンス要素は必ずと言っていいほどあり、しかもそれが物語の展開に最も重要な役割を与えられている」のに比べ、この『全短編2』では、「変容の自由と差し替えになった喪失感」が多く描かれているような気がした。『全短編1』がエキセントリックな世界観の中で大いに遊ぶカラフルでワンダーだったものが、『全短編2』ではそういった社会だからこそ遭遇するメランコリイとビターが描かれるのだ。実は『全短編1』『2』は執筆順に編集されており(『1』は74〜76年、『2』は76〜80年)、そういった歳月の流れが作者の心境や心理に何がしかの変化を与えた結果なのだろうと思う。
今回も個々の作品は紹介しないが、ただ一つ、「ブラックホールロリポップ」に関しては「喋るマイクロ・ブラックホール」というとんでもないものが登場するので、これは是非読んで貰いたいと思う。

収録作
「びっくりハウス効果」
「さようなら、ロビンソン・クルーソー
ブラックホールロリポップ
「イークイノックスはいずこに」
「選択の自由」
ビートニク・バイユー」