幽霊屋敷を舞台にしたデル・トロならではのゴシック・ホラー・ストーリー〜映画『クリムゾン・ピーク』

クリムゾン・ピーク (監督:ギレルモ・デル・トロ 2015年アメリカ映画)


今の若い方だとギレルモ・デル・トロといえば『パシフィック・リム』の監督ということになるのだろうが、オレのようなロートル映画ファンにとっては『パンズ・ラビリンス』や『ヘル・ボーイ』に代表されるゴシック・ファンタジィ/ゴシック・ホラーの映画監督だというイメージが強い。2015年にアメリカ公開されたこの『クリムゾン・ピーク』もそんなゴシック・ホラー映画だ。

《物語》資産家の娘イーディスは幼い頃から幽霊を見る体質を持った子だった。成長したイーディス(ミア・ワシコウスカ)は父の謎の死をきっかけとしてイギリス人トーマス(トム・ヒドルストン)と結婚し、イギリスへと渡る。トーマスの屋敷は地盤の赤粘土が染み出て雪を赤く汚すクリムゾン・ピークと呼ばれる山頂に建っていた。屋根が崩れ雪の吹き込む古びたその豪邸で、イーディスはトーマスの姉ルシール(ジェシカ・チャステイン)を含め3人で生活することになる。そんなある日、イーディスは全身が赤く染まった亡霊の姿を度々目撃するようになる。最初は恐怖に打ち震えていたイーディスだったが、何事かを訴え掛けようとする亡霊の導かれ、「決して入ってはいけない」と言われていた地下室へと足を運ぶ。

このように【幽霊屋敷】ジャンルに入るであろうこの『クリムゾン・ピーク』だが、そもそもデル・トロ自体が幽霊屋敷映画を好む映画監督であると言うこともできる。デル・トロが製作・脚本・監督を兼ね、彼の名前を世に知らしめることになったホラー作品『デビルズ・バックボーン』(2001)をはじめ、製作総指揮を務めた『永遠のこどもたち』(2007)、製作・脚本を務めた『ダーク・フェアリー』(2011)、そして製作・脚本・監督のこの『クリムゾン・ピーク』と、彼の携わったホラー作品の多くが幽霊屋敷を題材とした物語だ。あの『パンズ・ラビリンス』ですら家が異界へと繋がるシーンがあった。これらに登場する怪しく古色蒼然とした屋敷の数々は、デル・トロの遠い記憶に眠るなにがしかの(恐怖の?)体験に根差したものなのかもしれない。それは想像でしかないのだが、少なくとも彼の作品にはねっとりと情念のこびりついた密室が度々登場するとは言えないだろうか。こじつけ覚悟で言うとあの『パシフィック・リム』ですら「ロボットの胎内」というオタクの密室を描いた作品と言えないことも無い。

この『クリムゾン・ピーク』にも隠された過去の因縁、開かずの間、暗闇から現れ何かを訴え掛ける亡霊といった【幽霊屋敷】ジャンルの定石が散りばめられるが、逆に言うならその他に新機軸が持ち込まれているというわけでは無いといった点で新鮮味に欠けるかもしれない。だが、それよりも、デル・トロならではのまさに"ゴシック"と呼ぶにふさわしい廃物感覚に溢れた不気味かつ美しいビジュアルと、彼独特の「ねっとりと情念のこびりついた密室」を堪能できるといった点では、デル・トロ・ファンにとってもホラー・ファンにとってもそれなりに見所のある安心できる作品と言えるのではないか。新機軸はないとは書いたが、地盤の赤粘土が降り積もる雪をジュグジュグと汚らしく赤く染め上げ、それがあたかも血の海の如く見えてしまう映像などは目を見張るものがあった。

それよりもこの作品は演者がどれもいい。主演のミア・ワシコウスカは『アリス・イン・ワンダーランド』と『マップ・トゥ・ザ・スターズ』でしか知らないのだが、いつも不安げに眉間に皺を寄せる表情に魅力を感じた。トーマスの姉ルシールを演じる『ツリー・オブ・ライフ』『ゼロ・ダーク・サーティ』のジェシカ・チャステインは薄幸さと酷薄さを併せ持った顔つきが物語の不気味さを引き立てていた。そしてトーマス役のトム・ヒドルストンだ。『マイティ・ソー』のロキ役で一世を風靡した彼だが、そのせいもあってか映画が始まって暫くしても「あ、ロキだ」「ロキがなんか言ってる」としか思えなくて少々苦笑してしまった。まあこれは観ているオレの問題なのだが、それでも中盤からは謎を秘め己の行為に呵責を覚える男としての役柄にきちんと追いついて見えてきて、これもなかなかの熱演だったと思う。