22年を掛け、たった一人で山を切り崩し道を作った男の実話映画『Manjhi - The Mountain Man』

■Manjhi - The Mountain Man (監督:ケータン・メヘター 2015年インド映画)


ただ愛の為に、22年の歳月を掛け、たった一人で山を切り崩し道を作った男がいた。男の名はダシュラト・マーンジー、通称"マウンテン・マン=山の男"。「一念岩をも通す」という諺があるけれども、彼はその一念でもって本当に山を通してしまったのだ。そしてなんとこれは、実話なのである。映画『Manjhi - The Mountain Man』は、そんな男の半生を基に製作されたインド映画だ。主演を『めぐり逢わせのお弁当』『女神は二度微笑む』のナワーズッディーン・シッディーキー、ヒロインをラーディカー・アープテーが演じている。

舞台は60年代、インド東部にあるビハール州の小さな村ガヤ。ダシュラト・マーンジー(ナワーズッディーン)は駆け落ちまでして結婚したファグニヤー(ラーディカー・アープテー)と貧しいながら幸せに暮らしていた。だが彼の住む村は最寄りの町と大きな山で遮られており、それを迂回しようとすると80キロもの距離を歩くことになり、そうでなければ険しい山を越えなければならなかった。そしてある日ファグニヤーが足を滑らせて山から落ち、瀕死の重傷を負う。ダシュラトは必死の思いで山越えしファグニヤーを町医者へと運んだが、その甲斐もなく彼女は逝ってしまった。悲嘆と憤怒の中、ダシュラトは誓う。自らの手でこの山を切り崩し、町への道を作ってやるのだと。

ダシュラト・マーンジーが成し得た偉業は具体的にどういうものだったのか。彼は1960年から1982年の22年を掛け、ノミとハンマーだけを使い、岩石質の山に、長さ110メートル、幅9.1メートル、深さ7.6メートルの道を作った。これにより村から町への道のりは80キロから10キロへと短縮された(55キロから15キロというデータもあり)。村人たちは最初彼を頭のおかしい男として笑いものにしていたが、次第に食べ物や道具などの支援をするようになった。マーンジーは2007年に73歳で亡くなったが、その偉業を讃え国葬とされた。マーンジーの作った道は、彼の死後4年後の2011年に舗装道路となった。彼には息子と娘の二人の子供がいた。晩年のマーンジーはこんな男である。

映画はそんなマーンジーの驚くべき半生を、ファグニヤーとの出会いの時まで遡って物語る。もちろんその中には、山に道を作ることになった悲しいあらましと、石に齧り付くように石を割ってゆく22年間が描かれてゆくのだけれども、2時間の作品の中にはその他にも様々なドラマが盛り込まれており決して飽きさせることがない。そこにはカーストの差別があり、憎むべき貧富の差があり、そして刻一刻と変わってゆくインドの歴史がある。しかし歳月が流れ、世の中が変わっていっても、マーンジーのファグニヤーへの愛は、ダイヤモンドのように固くそして美しく輝くものとして描かれる。それはファグニヤーの死後も決して変わることはない。辛く厳しいだけの現実を、乗り越えさせるもの、それがファグニヤーへの愛であり、だからこそマーンジーは、常識では考えられないことを成し遂げることができたのだ。

映画作品としてみると、若干さらっと流してしまった描写が幾つかあり、その為に観ていて伝わり難く感じることがあったのが惜しい。山がある為に村人たちが困窮しているという事実はもっと強く描かれたほうが説得力があったと思うし、そのせいかファグニヤーの死に際して山に道を作ることを決意するマーンジーが唐突に感じてしまう。また、22年間の作業の中で、それがどの程度進捗しているのか映像で観たかった、という気が強くした。予算の関係でそこまで盛り込むことができなかっただろうが、映像では22年を経てもいつも同じような所でマーンジーがハンマーを振るっているようにしか見えないのだ。ただ、それらを顧みてもドラマチックで、同時にユーモラスに仕上がっている物語であることは変わりない。主演のナワーズッディーンは悲しみと狂気の狭間にいる男を好演し、ヒロインであるラーディカー・アープテーは大衆的ながら明るく美しいキャラクターを演じ、これも印象深かった。また、音楽も強く記憶に残るものだった。