そして再び惨劇の幕が開ける〜『シャイニング』の続編小説『ドクター・スリープ』

■ドクター・スリープ(上)(下) / スティーヴン・キング

I.

冬季閉鎖中のリゾートホテルの管理人一家を、ホテルに巣食う悪霊たちが襲う。その恐怖と惨劇をおそるべき筆力で描ききった20世紀史に残るホラーの金字塔『シャイニング』。あれから36年、巨匠キングは「その後の物語」を書く。超能力“かがやき”を持つ少年ダニーは、どんな人生を歩んだのか?そして大人になった彼を、宿命は新たなる惨劇へと導くのだ。忌まわしい地に巣食う、忌まわしい者たち。彼らをとめるのが、わたしたちの使命―“かがやき”を武器に、わたしたちは立ち上がる。迫る邪悪と、彼と似た能力を持つ少女の誕生―誰も予想しなかった名作の続編が幕を開ける!世界一の物語作家によるエンタテインメント巨編。

あのダニーが帰ってきた。ダニー・トランス、幽霊屋敷と化した厳冬のオーバールック・ホテルで死霊に取り憑かれ発狂したジャック・トランスの息子、"輝き"を持つ少年、ホラー小説の金字塔『シャイニング』に登場したあのダニーだ。そう、この『ドクター・スリープ』は、『シャイニング』刊行後36年振りに書かれた、ダニーを主人公とする続編なのだ。

物語は『シャイニング』の惨劇を経て大人になったダニーが主人公となり進んでゆく。ダニーはこの物語ではダンという名で呼ばれている。だからここからの文章もダンと書く。成人したダンではあるが、彼は重度のアルコール中毒に悩んでいた。それは彼の持つ"輝き"の力が彼の心を苛んでいたからであったが、アル中だった父のその性癖が、忌まわしくも彼の血の中にも生きていたということでもある。アル中により人生の落伍者となったダンは仕事を転々としながらとある町に辿り着く。そこでダンは酒をきっぱり止め生きていこうと血を吐く様な努力を重ねる。そんなある日、彼は、彼と同じ、いや彼以上の"輝き"を持つ少女、アブラの存在を知ることになるのだ。

一方、アメリカの荒野を、奇妙なRV車の隊列が走り続けていた。その車に乗り合う者たちは「真結族」と自らを呼ぶ人外の存在であった。「真結族」。彼らは、アメリカ各地を旅しながら、"輝き"を持つ子供たちをなぶり殺しにしながらその精気を吸い、古より生き続けていた邪悪の一族だった。そして彼らはこれまで出会ったことの無い強力な"輝き"の存在を嗅ぎ付け、そこへと進路を変える。実はそれこそが、ダンの見出した少女アブラだったのだ。こうして、ダンとアブラ、そして真結族との、超常の世界の戦いが今始まるのだ。

II.

最初に書いてしまうと、この『ドクター・スリープ』は、重厚な構成により透徹した恐怖を描き出した『シャイニング』と異なり、作者キングが非常にリラックスして書きあげた作品だ、という気がした。『シャイニング』は、その恐怖の質はもとより、精神を苛まれ、正気を失ってゆく主人公ジャックの、悲痛なる絶望の物語でもあった。アル中により教師の職を失い、家族の信頼を失い、作家への道をも失い、地獄への道を降りてゆくかのように追いつめられてゆくジャックの姿は、それはそのまま、作家として大成する前のキングの姿を映し出したものだった。主人公ジャックの絶望は、そのままキング自身の絶望だったのだ。だからこそ『シャイニング』は、あれほどまでに凄惨で、救いの無い物語だったのだ。

しかし今や世界的ベストセラー作家となり、絶大なる支持と自信を得ることになった現在のキングは、当時と同じ立ち位置から『シャイニング』続編を書けるわけではないことを十分知っており、それにより、あえて『シャイニング』を再話したりとか、同質の恐怖を書こうとはしなかった。そこで行ったのは、ダニー(ダン)の"輝き"と呼ばれる超能力に注視し、その超能力を中心に展開される、「光と闇の戦い」という形で続編を書くことだったのだ。だからこの『ドクター・スリープ』は、『シャイニング』と比べると随分トーンが違うことに読んですぐ気付かされる。『シャイニング』に関する記述を取り除いたら、超能力をテーマにした別物の作品であると言っても通るぐらいなのだ。

そしてこの作品、なにしろ軽快に読める。そして、多分執筆していた作者もそうであったろうと予想できるぐらいに、楽しんで、リラックスして読める。こうして『ドクター・スリープ』は、「安心して読めるホラー小説」という、どこか語義矛盾した展開を見せる作品となっているのだが、逆に、「続編という名のファン・サービス作品」と考えると合点が行く。冒頭などは「さあこれから『シャイニング』続編の始まりだよ!」と言わんばかりに"217号室の女"とか"REDRAM"とかがポンポン飛び出し『シャイニング』愛読者を大いに盛り上がらせる。その後もこれまでのキング作品を思わせるモチーフが大盤振る舞いだ。「自分の特殊能力に苦悩する主人公」は『デッドゾーン』だし、「超能力少女」は『キャリー』で、「超能力少女と中年男(主人公)」だと今度は『ファイアスターター』だし、「真結族」は『呪われた町』の吸血鬼プラス『痩せゆく男』のジプシーとも言えるし、看護師である主人公が死に瀕した人を看取る時はどこか『不眠症』を思わせるし、ダンとアブラが遂に「真結族」と対峙する時に言う言葉はあの作品のあの時の言葉と全く一緒ではないか。こんな具合にキング・ファンならにまにましてしまう要素が一杯なのだ。

III.

しかしこの作品が内輪ウケの部外者お断り作品だということは全く無い。そこはキング、しっかりと優れたエンターティンメント作品に仕上げている。さすがに前作『11/22/63』のような緊密に練り上げられた秀作というほどではないにしても、『リーシーの物語』よりはましだし、『悪霊の島』よりも楽しめるし、話題性では『アンダー・ザ・ドーム』と同等といえるのではないか。確かに悪役である筈の「真結族」が思ったほど極悪非道な恐怖を発揮してくれず、後半などは劣勢に次ぐ劣性でどうにもグダグダで物足りなさを感じたし、そもそも「真結族」の、"輝き"を吸うという行為自体にそんなに怖さを感じない。キングも持て余したのかクライマックスにかけて若干テンポが悪くなってしまうが、これもひとえに"輝き"を持つ少女アブラの超能力が強力過ぎるというせいもある。しかし実は、今作ではこの少女アブラが非常に魅力的に描かれており、彼女の一挙手一投足を眺めているだけで自然に口元が緩んでくるのだ。そう。今作の真のテーマは…ロリコンだったのである!?

まあロリコンというのは冗談にしても、草臥れた中年男ダンと輝くばかりのローティーン少女アブラの関係には、そういった匂いがしないでもないのだ。きちんと書くならこれは男女の性愛ということではなく、"輝き"という、一般の人間には理解不可能な能力を持った者同士が、その孤独の中で巡り合い、真の理解者を得る事で、魂の深い部分での繋がりを持つ、ということではある。後半では二人の"輝き"の関係性が明るみになるが、ネタバレになるから書くのは避けておこう。とはいえ、中年男ダンに感情移入しつつ物語を読み進めている時に、若く溌剌とした少女アブラが現れ物憂げな瞳で見上げられると、どうにも面映ゆいものを感じてしまう。個人的にはオレの脳内におけるアブラの配役はハリウッド子役のエル・ファニングを念頭に置いていたのだが、おかげで小説を読んでいる間中エル・ファニングの姿が脳裏から離れず、ええとそのう、ずっと変な気分になっていたオレなのであった…。

脱線してしまったが、このアブラの生命力に満ちた造形が物語を生き生きとしたものにしているのだ。それは『キャリー』でもなく、『ファイアスターター』のチャーリーでもない、楽観性と肯定性と、柔軟な知性と、健常な美しさと、自ら運命を切り開く逞しさを兼ね備えた者だ。おまけにさすがにキングもアブラには魅力を感じていたのか、キング登場人物にしてはそれほど惨い目には遭っていない。これはキングの登場人物でも珍しいのではないか。この点において『ドクター・スリープ』はいつものキング小説よりもずっと爽やかな読後感なのだ。キング小説の文脈にはとかく彼の家族関係が見え隠れするのだが、意外とアブラは彼の孫娘あたりをモデルにしていた、とかそういうことなのだろうか(実際にいるかどうかは未確認)。

最後に断わっておくと、この『ドクター・スリープ』はスタンリー・キューブリックが世に送り出した傑作ホラー映画『シャイニング』の続編ではない。よくあることだが原作と映画では異なっており、映画しか観られていない方があの映画のクライマックスを念頭に置いて読み始めると若干戸惑われるかもしれない。ただ、ちょっと読み進めれば映画と原作がどう違う流れになったのかは推測できるだろうから、原作である『シャイニング』しか知らない方が読んだとしても楽しまれることだろう。もちろん、あらかじめ原作である『シャイニング』から読み始めれば完璧だ。