チンピラ二人と妖しい美女とが織りなすクライム・ドラマ正続2編〜映画『Ishqiya』『Dedh Ishqiya』

■Ishqiya (監督:アビシェーク・チョーベイ 2010年インド映画)


インド女優の美しさは誰もが認めるところだろう。オレはインド映画観始めの頃、ディーピカー・パドゥコーン様のあまりの美しさに「これは宇宙レベルで女神と呼んでもいいだろ…」と驚愕したものである。その後もあんなインド映画こんなインド映画を観、多くの美人女優に陶然としたものだが、美しいだけでなくその演技力や存在感も含めなんだか気になってしょうがない女優といえばヴィディヤー・バーランだ。『女神は二度微笑む』にしろ『Dirty Picture』にしろ、彼女の演じるキャラクターはどれも陰影に富んだ複雑さを持ち、血肉を持った存在としての生々しい息吹きを感じさせる。モデルとしても通用しそうな端正な美女というわけではないにしろ、女優として兼ね備えるべきスキルに非常に高いものを持っているのだ。そんな彼女が2010年に出演した『Ishqiya』を観てみることにした。

『Ishqiya』のメインとなるのは二人の薄汚いチンピラだ。その二人、カールー・ジャーン(ナスィールッディーン・シャー)とバッバン(アルシャド・ワールシー)はギャングのボスと揉め事を起こし、旧友の住むウッタル・プラデーシュ州の小さな村に逃げ込む。しかし彼らを迎えた旧友の妻クリシュナ(ヴィディヤー・バーラン)に、夫はガス爆発事故で死んだことを聞かされる。チンピラ二人はクリシュナの家に住み着き、次第に奇妙な三角関係へと発展してゆく。そんなある日、二人はクリシュナにある犯罪計画を持ち掛けられるのだ。

一言でいうなら『Ishqiya』は妖しい翳りに満ちたクライム・ストーリーだ。それは深夜の暗黒ではなく黄昏の薄暗さが画面を覆うどこかどんよりとした世界だ。チンピラ二人の食いつめものめいた胡散臭さ、ヴィディヤー・バーラン演じるクリシュナの、心の内を明かさない謎めいた性格、そしてその3人の間に漂う性の臭い。さらに舞台はネパール国境であり、国境の地ならではの緊張と、暴力と犯罪の殺伐とした空気が辺りに漂う。まるでこの世の果てのようなその地で、3人は幻のような日々を過ごすのだ。物語は後半ひとつの犯罪計画へと収束してゆくが、それは夕闇の中の人影のようにだらしなくグズグズと崩壊してゆく。そしてこれら薄暮の世界を統べるのが主人公クリシュナのミステリアスな存在感というわけなのだ。このクリシュナを演じるヴィディヤー・バーランがやはり圧倒的に素晴らしい。この人はこういった心に闇を抱えた女を演じさせれば一番かもしれない。また、チンピラ二人もそのどうにも情けないグダグダぶりから適度なコミカルさをもたらし、物語に十分なコントラストを加味している。
http://www.youtube.com/watch?v=XxAW11gHayc:movie:W620

■Dedh Ishqiya (監督:アビシェーク・チョーベイ 2014年インド映画)


『Ishqiya』の続編として2014年に制作されたのがこの『Dedh Ishqiya』だ。この作品でも二人のチンピラ、カールー・ジャーンとバッバンが登場するが、ヴィディヤー・バーランは出演していない。その代り『Ishqiya』と同様に謎めいた美女が登場し(しかも今回は二人)、またもチンピラどもが翻弄される、といった物語になっている。舞台も作品全体を覆う雰囲気も別であり、ある意味続編というよりはスピンオフ作品といえるかもしれない。

物語はチンピラ二人が宝石強盗を働き、そのうちの一人カールー・ジャーンが行方不明になるところから始まる。しかし相棒バッバンは偶然TVに写るカールー・ジャーンを見つけ、彼を探しに行くことにする。カールー・ジャーンは未亡人の領主ベーガム・パーラー(マードゥリー・ディークシト)に言い寄り、財産をモノにしようとしていたのだ。バッバンも従者と偽って行動を共にするが、ベーガムの侍女ムニヤー(フマー・クレーシー)に次第に惹かれていく。しかし、ベーガムとムニヤーはある計略を企んでいた。

この『Dedh Ishqiya』で驚かされるのが、そのイスラム的な美術と文化のありかただ。舞台となる土地は自分にはよく分からないのだが、ここにはインド映画で見知ったヒンドゥー的な美術・文化体系とはまた違った世界が展開しており、それが相当に目新しかった。まず物語のきっかけともなる領主ベーガムが開催する「詩会」だ。壮麗なイスラム風建築の中でこれもやはりイスラム風の美麗な衣装をまとった人々が立ち現われ、耳慣れない言語で詩を朗読するのだ。ベーガムとムニヤーの衣装もまたインド映画でおなじみのサリーとは違う見慣れない意匠を施されたもので、その美しさに見入ってしまった。さらにベーガムが劇中踊るその舞踏のスタイルまでがどこか違う。この辺は不勉強なのでどんな、とは言い難いのだが、これまで観たインド映画とは少しかけ離れた美術のさまが実に魅力的だった。

『Ishqiya』のどんよりとした薄暗さと比べるとこの『Dedh Ishqiya』は終始きらびやかな雰囲気を感じさせる。そんな新奇な舞台の中でもチンピラ二人のグダグダな情けなさは相変わらずだ。この作品でもきな臭い犯罪が進行するけれども、やはり二人は魔性の美女に翻弄され、ぞっこんになりながら結局騙され、いいように便利屋をやらされてしまう。そんな部分が可笑しい。そして2作続けてみるとチンピラ二人に味が出ている。『Dedh Ishqiya』は『Ishqiya』の妖しさには欠けるが、美術の美しさとチンピラキャラの味わい深さで面白く観ることができた。

http://www.youtube.com/watch?v=nACbYgmAQx4:movie:W620