おデブの嫁なんか絶対嫌だ!〜映画『Dum Laga Ke Haisha』

■Dum Laga Ke Haisha (監督:シャラト・カタリヤー 2015年インド映画)


「おデブの嫁をあてがわれて僕はしょんぼりだ!」という2015年公開のインド映画、それがこの『Dum Laga Ke Haisha』です。しかしそんなことをほざいてる男のほうだって、実際パッとしたところのないトーヘンボク。太った嫁と冴えない婿の結婚生活の行方は?…な〜んていう一見地味そうな物語なんですが、そこは「愛のことならわしらにまかせろ」のヤシュ・ラージ・フィルム、観てみるとこれがとってもハートウォーミングな作品だったんですよ。

《物語》90年代のインド。カセット・テープ屋のプレーム(アーユシュマーン・クラーナー)は父の強引な勧めでサンディヤー(ブーミ・ペードネーカル)という女性と見合いし結婚することになったが、サンディヤーは気は優しいものの太めで地味な容姿。教育もまともに受けていないのにもかかわらず望みだけは高いブレームは、美人と結婚できなかった!と理不尽な事を言いだして彼女に辛く当たり、結婚間もないのに冷たい関係が続いた。遂に離婚に乗り切るものの、裁判所からは「もう半年一緒に暮らしてお互いをよく見なさい」と命令される始末。そのうち家業も人間関係もうまくいかなくなったブレームの心はどんどん荒れていくのだが…。

おデブちゃんの女性を背中に背負ったひ弱そうな男子、というポスターや、「おデブちゃんと結婚なんかヤダ!」とすねる主人公という物語から、「インド映画にしちゃ華がないし俳優も監督も知らないしこりゃスルーだな」と思ってたんですが、評価を見ると妙に高くて、いったいどうなってるんだろ?と観始めたらこれが思わぬ佳作だったのでびっくりしました。まず冒頭の、カセット・テープ屋の店内というのが非常にレトロ臭くて、ここでまず引き込まれちゃうんですね。そして「親の決めた結婚」というインド映画定番展開から始まり、「デブだから!ヤダもん!」と不貞腐れ続ける主人公に呆れ返り、そんな旦那に健気な嫁に同情し、さらにそのまわりでワアワアワアと喧しい家族の皆さんに苦笑している内にア〜ラ不思議、すっかり物語のテンポに乗ってしまい、「この二人、いったいどうするの?」と心配になってくるんですね。

おデブちゃんの嫁が中心となりますが、この物語は決して「デブは結婚が難しい」とか「デブだけど頑張れ」ということを言っているワケではないんですよ。この物語におけるおデブちゃんというのは物語的方便で、それは「人は誰しも何がしかのウィークポイントを持っていて、でもお互いにそういった部分を乗り越え認め合った部分に愛とか結婚とかがあるんじゃないのかな」というのがこの物語の真意じゃないんでしょうか。この物語ではおデブの嫁を笑いものにしません。ギャグやコメディに持っていかないんです。そして「ダイエットして見返してやる!」といった物語でもありません。痩せてメデタシメデタシ、ではなく、何がしかのウィークポイントを抱えながらも、それをも含めて、愛しあうこと、尊敬しあうことを描こうとしたのがこの物語なんです。

そしてこの物語は【凡庸さ】についての物語でもあります。インドの娯楽映画といえば綺羅星のように輝く絶世の美女や鍛え上げられた筋肉でパンパンになった男優が登場して甘い恋愛や派手なアクションを決め、目も彩なダンスと心の踊る歌を披露しますけれども、でも実際自分を含めたそれを眺める観客の殆どはそんなものとはまるで関わりの無い生活を送る凡庸な一般市民でしかありません。そう、それはこの物語の主人公二人も同じです。不貞腐れ屋の旦那も、おデブの嫁も、さらにその周りにいる人々も、実のところ何が特別という訳でもないどこにでもいるような凡庸な人々です。しかし物語は、そんなどこにでもいるような凡庸な人々のささやかな希望や哀歓を共感を持って描き出そうとしているんです。そして、どんな凡庸であろうとも、しかしそれぞれが個々に抱く愛情は、実はそれぞれの中にしかない特別なものであるということも、この物語は描き出しているんです。そんな凡庸の中の愛にこそ、真の幸福があるのだと。