『ミステリマガジン700 【海外篇】』読んだ

ミステリマガジン700 【海外篇】 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

日本一位、世界二位の歴史を誇るミステリ専門誌“ミステリマガジン”の創刊700号を記念したアンソロジー“海外篇”。一九五六年の創刊当時から現在に至るまでの掲載短篇から、フレドリック・ブラウンパトリシア・ハイスミスエドワード・D・ホック、クリスチアナ・ブランド、ボアロー&ナルスジャックイアン・ランキンレジナルドヒルら、海外の最新作を紹介し続けてきたからこその傑作がここに集結。全篇書籍未収録作。

ミステリは実はそんなに得意ではない。子供の頃に読んだ(というか読もうと試みた)ホームズやルパンや江戸川乱歩あたりがどうにもピンとこなかったのが挫折体験となり、それ以来疎遠なジャンルだった。その後ハードボイルド小説やスパイ小説、冒険小説などを読むようになり、これらは大いに楽しめたが、直球で【ミステリ】となるとやはり食指が動かなかったりする。だから早川書房から出ているミステリマガジンもきちんと読んだことはないのだ。

そんなオレがミステリマガジン700号記念アンソロジー「ミステリマガジン700 【海外篇】」を読んでみようとしたのは、この間読んだSFマガジン700号記念アンソロジー「SFマガジン700【海外篇】」が非常に面白かったからである。「え?SFマガジンアンソロジーの海外篇が面白かったら次はSF国内篇にいくもんじゃないの?」と思われるかもしれないがそうじゃないのである。この辺がオレひねくれたところなのかもしれないが、それなりに理由がある。

オレはいわゆる「奇妙な味」と呼ばれる作風の作品が結構好きで、早川から出ている「奇妙な味」のアンソロジー「異色作家短編集」も全20巻読み通した経験がある(ちょっと自慢)。「奇妙な味」とはミステリともSFとも怪奇小説ともつかない、ある種不条理めいた作品といえばいいだろうか。オレが「ミステリマガジン700 【海外篇】」を読んでみようと思ったのは、ミステリ・ジャンルの傍流であるこの「奇妙な味」の作品が、アンソロジーの中に多少なりとも収録されているのではないかと睨んだのである。そして実際読んでみたところその予感は的中、収録作の多くはきちんとミステリではあったが、その中に妖しく輝く「奇妙な味」の逸品が幾つか収められていたのだ。ううむオレは楽しいぞ、うひょひょ。

さてこの「ミステリマガジン700 【海外篇】」、ミステリマガジンの通算700号を記念して組まれたアンソロジーであることは最初に書いたが、「SFマガジン700【海外篇】」と同様、「ミステリマガジンに掲載されつつ今まで国内編纂の短編集に収録されることのなかった作品」を中心にセレクトされている。収録作は16篇、ミステリに暗いオレには名前の知らない作家が半数以上を占めるが、フレドリック・ブラウンジャック・フィニイなどSF界でも有名な作家や、「奇妙な味」の代表的な作家ジェラルド・カーシュの名前もあり、実は意外とっつきやすかった。それと同時に、馴染の無い作家の作品がえもいわれぬ面白さだった、ミステリ門外漢のオレでも楽しめるミステリ作品があった、という発見の喜びもあった。

ざっくりと感想を書くと、「決定的なひとひねり」A・H・Z・カー「アリバイさがし」シャーロット・アームストロングは古典的かつ古風な味わいが可、「終列車」フレドリック・ブラウンは異様なおどろおどろしさが面白く、「憎悪の殺人」パトリシア・ハイスミス「拝啓、編集長様」クリスチアナ・ブランドは歪んだ精神の有様がうすら寒く、「マニング氏の金のなる木」ロバート・アーサーは予想できるラストながらその過程が秀逸、「二十五年目のクラス会」エドワード・D・ホックは設定がいい、「すばらしき誘拐」ボアローナルスジャックは皮肉なオチが効いていて、「名探偵ガリレオ」シオドア・マシスンは歴史上の人物が探偵という着想が目新しく、「子守り」ルース・レンデルはじわじわくる恐怖が堪えられず、「リノで途中下車」ジャック・フィニイの賭博描写は迫真であり、「肝臓色の猫はいりませんか」ジェラルド・カーシュはその不気味さが作者ならではと思わせ、「十号船室の問題」ピーターラヴゼイは実はその舞台となるところは…でニヤリとさせられ、「ソフト・スポット」イアン・ランキンは刑務所の封書監視員が主人公という部分で既にうまいところを突いており、「犬のゲーム」レジナルドヒルは酒場のバカ話から始まる事件の導入が非常に巧く、「フルーツセラー」ジョイス・キャロル・オーツは死んだ父を巡る謎をひんやりとした筆致で描き今アンソロジーの中でも最も光る逸品だった。