巨大な象牙を巡るきらびやかなSF宇宙史〜『アイヴォリー ある象牙の物語』

■アイヴォリー ある象牙の物語 / マイク・レズニック

アイヴォリー―ある象牙の物語 (ハヤカワ文庫SF)

銀河暦6303年、〈調査局〉に勤めるロハスのもとに最後のマサイ族マンダカが訪れた。三千年以上、所在不明になっているキリマンジャロ・エレファントの象牙を見つけてほしいという依頼だった。調査を始めたロハスは、悠久の歴史の中でこの史上最大の象牙がたどった数奇な運命と、象牙にかかわった人々の織りなす多様なドラマを垣間見ることになる…。アメリカSF界で人気絶頂のレズニックが満を持してはなつ銀河叙事詩

SF小説『アイヴォリー ある象牙の物語』は失われた一組の象牙を求めて、キリスト歴1885年から銀河歴6304年までに及ぶ途方もない時間を経巡ってゆくという物語である。「キリマンジャロ・エレファントの象牙」。それは長さ3メートル、重さ90キロを超えるまさに怪物級の象牙だ。実はこの象牙は現存しており、現在英国自然史博物館に所蔵されているとされ、小説の冒頭にも実際に撮影されたその写真が載せられている。

その写真の象牙は確かに凄い。並んで写る現地人と思しき人物の頭の高さを優に超え、その太さも女性の胴回りぐらいはあるかもしれない。この大きさの象牙を持つ象であるなら、その体躯の巨大さはいかほどのものであったか、想像するだけでも身震いが起きてしまう。そして、そんな象がかつてこの地球の、アフリカの大地を悠然と闊歩していたのだ。原作者マイク・レズニックもこの実物の象牙から想像力を膨らませ、その象牙が古のアフリカから遥か未来の銀河の片隅に至るまでの膨大な時間と空間の旅を描こうと思い立ったのだろう。

物語は銀河歴6304年、博物館調査員のダンカン・ロハスのもとにブコカ・マンダカと名乗る謎の男が訪ねてくることから始まる。ブコカはダンカンに、何千年もの間銀河の何処かに行方不明になっているキリマンジャロ・エレファントの牙の所在を突き止めて欲しいと依頼する。そして銀河に散らばるデーターベースを検索しながらブコカが知ったのは、その巨大な象牙の辿った数奇な運命だった。物語は象牙とその所有者の出会ったさまざまな出来事を、連作短篇の如き短い章立てで紹介してゆく。

それは象牙を賭けた銀河のならず者たちの賭博であり、惑星考古学者の権力闘争であり、象牙を狙う異星人の陰謀術策であり、異星で展開される強奪作戦であり、また政治プロパンガンダの材料ともされ、この象牙を巡り暗殺が成され、さらには戦争が勃発する。これらが銀河6000年のきらびやかなSF宇宙史の一端として語られてゆくのだ。きらびやかなSF宇宙史、それは遠大な宇宙空間を一飛びで超え、尊大な銀河人類と奇怪な異星人と惑星文明と宇宙戦争とが描かれるSF世界のことだ。

しかしこの物語はキリマンジャロ・エレファントの象牙を単なるマクガフィンとして採り上げている訳では決してない。キリマンジャロ・エレファントの象牙探索を依頼するブコカは実は宇宙最後のマサイ族であり、失われつつあるマサイ族の、秘密とされているある悲願を達成するために、象牙発見に血道を上げていたのだ。それは大きな目で見るなら、失われつつあるアフリカの魂の復権を成すがために行われる探究だったのだ。それは同時に、『サンティアゴ』「キリンヤガ・シリーズ」など、失われつつあるアフリカの魂をSF世界の中で再び蘇らそうとする作者マイク・レズニックの願いでもあるのだろう。傑作である。

アイヴォリー―ある象牙の物語 (ハヤカワ文庫SF)

アイヴォリー―ある象牙の物語 (ハヤカワ文庫SF)