復讐と赦しの狭間で引き裂かれてゆく男の情念〜映画『Ek Villain』

■Ek Villain (監督:モーヒト・スーリー 2014年インド映画)


『Ek Villain』はシリアル・キラーに恋人を殺された一人の男が、憤怒と絶望の中で殺人者を追いつめてゆく、という物語だ。しかし、この作品は単にそれだけでは終わらない様々な寓意が錯綜する物語に仕上がっている。主演は『スチューデント・オブ・ザ・イヤー』のシッダールト・マルホトラ、そしてリテーシュ・デーシュムクが狂った殺人者を堂々と演じているところも見所だ。今回は若干ネタバレしているのでご注意を。

主人公の名はグル(シッダールト・マルホトラ)。マフィアの殺し屋だった彼の人生は、難病により余命幾ばくもない娘アーイシャー(シュラッダー・カプール)との出会いにより一変する。アーイシャーの愛に触れたグルはマフィアから足を洗い、真っ当な人生を歩もうとしていた。しかしそんな矢先、アーイシャーは惨たらしい死を迎えてしまう。それは巷を恐怖に陥れている連続女性殺人者の凶行だった。絶望と憤怒に身を震わすグル。一方、一人のうだつの上がらない男が今日も妻になじられていた。愚直な笑みを浮かべながら、彼はまた女を殺すことを夢想していた。その男ラーケーシュ(リテーシュ・デーシュムク)こそが、アーイシャーを殺した連続女性殺人犯だったのだ。

物語は暴力と殺戮から幕を開ける。度を越した借金の取り立てで相手を焼き殺してしまうグル。虚ろな目をしながら次々に女性を殺してゆくラーケーシュ。そしてラーケーシュがグルの新妻アーイシャーを惨殺する所から、復讐の情念に満ち溢れた物語が動き出す。物語は中盤まで、グルとラーケーシュが遂に対峙するまでを描く。その間、この二人が、どのような思いでこれまでを生きてきたのかが語られる。かつて両親を殺され、マフィアの殺し屋となったグル。しかしアーイシャーの輝く様な生き方に触れて改心し、足を洗って新しい生活を始める筈だったグル。そして常に妻になじられながれも、そんな妻を愛しきっていたラーケーシュ。この二人が対峙する時、そこに復讐のどす黒い情念が燃え上がる。

怨念に満ちた復讐者。虚無と狂気に堕ちた殺人者。物語はどこまでもドロドロとした情念を孕みながら展開し、これは復讐の物語であると一見思わせる。しかしだ。ラーケーシュと出会ったグルは、ラーケーシュをボロボロになるまでぶちのめすが、あえて彼を殺さない。いや、殺せないのだ。憤怒と怨念に体中を焼き尽くされながらも、ある思いが彼の手を止めさせた。それはかつて彼が殺してしまった相手の親族に、彼が赦された、ということ。そして愛するアーイシャーが彼に、赦すことの尊さを説いていたこと。これにより彼は引き裂かれる。復讐と赦しの狭間で彼は苦悶する。だがここでラーケーシュを赦してしまうことで、新たな惨劇が巻き起こってしまうのだ。

こうして後半から物語は錯綜し始める。グルにとって、ラーケーシュを赦すことは、それはかつて殺してしまった男への贖罪であり、殺された妻の願いを聞き入れることによる、自らの魂の救済だった。だがその赦しが、更なる殺戮を生み出してしまうのだ。では赦しとはなんなのか?絶対の悪に対して、赦しは相容れないものなのか?すなわち、赦しは、無意味でしかないのか?それでは自分は、また再び殺戮者となって相手の息の根を止め、アーイシャーと出会う前の虚無の中に戻らねばならないのか?グルの中では、これら決して答えの得られない問いが渦巻いていたに違いない。こうして拮抗しあう想いがもつれあい、物語は強大な情念を溶岩のように滾らせながら、圧倒的なクライマックスへとひた走ってゆくのだ。

一つ感じたのは、この『Ek Villain』が、デヴィッド・フィンチャーの問題作『セブン』のラストへの、インドからの回答ともとれる作品だったということだ。冷徹な殺戮者ジョン・ドゥは、最後にミルズ刑事の復讐を受け入れることで自らの犯罪を完成させようとした。この『Ek Villain』でも主人公は『セブン』と同様に妻を殺され、さらに殺人者から自分を殺せ、と促されるのだ。そこで主人公はどうしたのか?がこの作品の重要なポイントになるのだが、結末に関わってしまうので多くを書くことはできない。ただ、『セブン』は7つの贖罪を題材としながら神無き世界を描いたが、この『Ek Villain』は、神無き世界に生きる男を描きながら最後に神の顕現を見せるのだ。そしてこれが非常にインドらしい結末と言うことが出来、ある意味インドという国の深遠を垣間見せられたよう思えた。

ドロドロとした情念を描きつつ、この『Ek Villain』は同時に、非常に美しい情感もまた描く。この振り幅の大きさもまたこの作品を狂おしいものにしている。監督はオレの嫌いだった映画『Aashiqui 2』の監督でもあり、なるほどこうしてみると、あれも情念の映画だったな、と納得がいった。またこの作品は韓国映画『悪魔を見た』との類似点を指摘されており、オレはその作品を観ていないが、調べてみると確かに中盤までは同じ流れかもしれない。ただ中盤からの展開は独自のものであると思える。どちらにしろ『Ek Villain』は、2014年を代表するインド映画の一つとして数え上げることができるはずだ。