最近読んだBD / 『KOMA - 魂睡』 ピエール・ワゼム、フレデリック・ペータース

KOMA―魂睡

父親を手伝い、煙突掃除をする少女アディダス。母親は他界し、父と2人、慎ましくも、楽しい日々を過ごしていた。彼女の悩みは突然理由もわからず気絶してしまうこと。その回数は次第に増え、気絶している時間も徐々に長くなってきている。ある日、煙突の奥深くへと迷い込んだアディダスは、人間よりも一回りも二回りも大きい怪物に出くわす。彼らは地中深くで、人間の能力や体調、感情するも制御する機械の管理をして暮らしているのだ。アディダスの謎の発作もこの機械の不調が原因だった。やがて、機械の存在を嗅ぎつけ、それを我が物としようとする輩が現れる…。ある少女の冒険を通じて、夢と世界の謎に迫る寓話的ファンタジー。

一人の少女が発見した生と死の秘密、この世界を陰で動かしているもう一つの世界。その中で少女は、この世界を「間違ったもの」に作り変えている化け物の正体を探り出し、それと対峙しようとする。バンドデシネ『KOMA - 魂睡』はそんなダーク・ファンタジーだ。
主人公の少女アディダスは煙突掃除人の父の仕事を手伝いながら生きていた。そんなアディダスは突然昏睡状態に至る、という謎の病に悩まされており、そして遂に誰も入ることのできない煙突内で昏睡してしまう。目が覚めた彼女が見つけたのは、闇の中で黒い巨人たちが不思議な機械を動かしながら、人々の人生のバランスを調整している姿だった。アディダスはそんな一人の巨人と協力しあい現実の世界に戻るが、そこで「闇の世界」を悪用しようと企む秘密組織がアディダスと巨人に襲い掛かろうとしていた。
もしかしたら我々の人生というのは、どこか知られざる場所にある超越的な存在によってコントロールされていて、自分たちはそれら超存在たちの振る賽の目のようなものによって生かされているだけかもしれない。これはそんな夢想によって描かれた物語だ。何者かにコントロールされた人生、それは自分の人生なんかじゃない。しかしもしもそれを取り戻し、自分が本来あるべきだったはずの人生を生き直せたら?
アディダスと彼女の父は煙突掃除人だ。懸命に働く父の背中に誇りを覚えつつも、アディダスにとってそれはきつく辛く、実入りの少ない仕事なのは確かだ。そして彼女の母は既にいない。これが運命なのなら甘んじて受け入れるしかないのかもしれない。しかしアディダスは知ってしまったのだ、この運命は悪しきものによって作られた運命だったということを。少女の冒険はこうして始まる。
いわゆる現実世界とメタ世界を描く作品なのだが、一見現世と霊界のメタファーのように思わせながら、実はこの二つの世界が物理的に地続きになっており、そこを行き来できるばかりか、メタ世界を奪おうとする人間の勢力が存在する、といった部分で面白い作品となっている。さらにメタ世界には高次のメタ世界が存在することが描かれるが、時間と空間を超越したこのメタ・メタ世界(?)の登場により、物語は形而上的な様相さえ呈し始めるのだ。
そしてこのメタ・メタ世界を彷徨うのが「世界を間違ったものに作り変えている悪しきもの」なのだが、しかしこれは考えようによっては【神】の別の貌だということもできるのではないか。そしてその「悪しきもの」と正面から対決しようとする少女は、すなわち【神】との対決を挑もうとすることに他ならないのではないか。この『KOMA - 魂睡』は、小さな少女のファンタジックな冒険を描きながら、実はそんな深大なテーマをはらんだ作品でもあるのだ。

KOMA―魂睡

KOMA―魂睡