「汚れた女優」の栄光と没落を描く傑作映画『Dirty Picture』

■Dirty Picture (監督:ミラン・ルトゥリア 2011年インド映画)


80年代のインド映画界にきわどさを売りにして一躍スターダムに登りつめた女優がいた。彼女の名はシルク。映画『Dirty Picture』は実話を元に、「汚れた女優」シルクの数奇な女優人生を描いた作品だ。

女優に憧れるレーシュマー(ヴィディヤー・バーラン)はどこのオーディションでも落とされっぱなしだった。しかし、なんとかもぐりこめたバックダンサー役で挑発的なダンスを踊るとこれが大ウケ、一躍注目を浴びることになり、これを境に彼女はシルクという芸名を名乗りセクシー女優としてスタートしはじめる。そして人気男優スーリヤカーント(ナッスルディーン・シャー)と関係を持ち、彼の取り計らいで次々とヒット作に出演、その人気を不動のものにした。しかし周囲はそんな彼女を「汚れた女優」として蔑むものも現れはじめた。

枕営業の汚れた女優」という粗筋を知った時は「キワモノ映画か」とも思ったが、実際に観てみるとその印象は全く違ったものだった。思いもよらぬほど素晴らしい作品であったばかりか、いろんな意味で掟破りの破天荒な作品だったのだ。ある意味画期的ですらあるかもしれない。

まずその性表現の在り方だ。いや、実際のところこの映画には本当にきわどいシーンなど一切ない。裸はもちろん、セックスシーンもほのめかされるだけだ。嘘の喘ぎ声を上げるシーンのみが唯一きわどいかもしれない。日本なら放送時間さえ考慮すればTVで放送しても問題ないと思われるぐらいだ。しかしこれはインドの映画だ。性表現に厳しいインドでは、この程度の表現しかなくとも成人指定になったのだそうだ。別にインドで成人指定になったから凄い、ということを言いたいのではなくて、この作品の持つテーマを十分製作者側が理解していたからこそ、例え成人指定という上映に制限がある形態になったとしても、この映画を作り上げた、という部分に意気込みと完成度への自信が感じられるのだ。

もう一つは、この映画がそのまま映画、そしてインド映画そのものへの批評になっている、という点だ。映画製作がテーマになっている以上、この映画では制作現場が頻繁に描かれる。そこでの製作者、監督たちの思惑、さらに観客たちの反応、といったものの描き方に、どこか皮肉めいたものを感じさせるのだ。セクシャルな煽情はご法度かもしれない。しかし娯楽映画の殆どはなにがしかの煽情で成り立っているではないか。その煽情に観客が湧くのではないか。マッチョな男優の胸板に、美しいヒロインの腰つきに、観客は魅せられる。恋のときめきに、炸裂する殴り合いに、観客は魅せられる。これらどこからでも性的な直喩・暗喩が見いだせるものに対し、あからさまに性的なものは劣ったものなのか。そういった問いかけがこの作品にはある。

この批評性が最も分かり易く顕著に表現されているのが主人公と男優が撮影中の映画で踊るダンスシーンだ。本来ならインド映画の華でありハイライトであるこのダンスシーンを、この映画ではどこまでも薄っぺらく皮肉めいて描くのだ。そしてそこで流れる音楽すらも、完成度こそ十分に高いものであるにもかかわらず、紋切り型で軽薄なディスコ・チューンとして作り上げている程なのだ。これらダンスシーンは、「セクシー女優シルクが挑発的に踊って踊って踊るまくる!」といったシーンなのだが、なにしろそれほどきわどいものではない。だがインド映画のダンスシーンは、そもそもダンスといったもの自体が、セクシャルな煽情で成り立っているではないか。そんなインド映画では当たり前のダンスシーンですら、煽情的であるという意味でなら「汚れた」ものとなってしまうのではないか。

そしてこの作品で主人公シルクを演じるヴィディヤー・バーランの圧倒的な力量だろう。彼女に関してはサスペンス・ミステリーの白眉とも呼べるインド映画『Kahaani』 でもその魅力を堪能したが、この『Dirty Picture』でも素晴らしい演技を見せつけてくれた。「汚れた女優」というインドでは難しい役柄であっても、単に媚態を垂れ流すいやったらしい演技に堕することなく、むしろタブーに顔をしかめるだけの連中を哄笑をもって否定する意志の強さと堂々した態度でもって演じ切っていた。しかもこのヴィディヤー・バーラン、落ちぶれたシルクを演じるためにわざわざ体重を増やし、ぶよぶよのお腹をスクリーンに映し出すほどに役作りをしているのだ。こういった女優としての覚悟にも感嘆させられた。

しかしこの曲の軽薄さ、最高だなあ。踊りのシーンもわざと薄っぺらく作ってあり、この皮肉の効き具合が素晴らしい。
"Ooh La La Tu Hai Meri Fantasy" Full Song | "The Dirty Picture" | Vidya Balan
http://www.youtube.com/watch?v=Yg-qlKb4X7U:movie:W620