ジャン=ピエール・ジュネ、ミシェル・ゴンドリーの系譜を継ぐ新たなフレンチ・ファンタジー監督の誕生〜映画『ぼくを探しに』

■ぼくを探しに (監督:シルヴァン・ショメ 2013年フランス映画)


シルヴァン・ショメといえばアニメ『ベルヴィル・ランデブー』で非常にユニークな才能を見せてくれた監督だ。ツール・ド・フランス参加中に謎のギャングに拉致された孫を救う為、一人の婆さんが八面六臂の大活躍を見せる、という風変わりなストーリーを持つ『ベルヴィル・ランデブー』は、デフォルメされたキャラクターとシュールでブラックな展開が奇妙な世界へと誘う個性的なアニメ作品だった。そのショメがアニメ『イリュージョニスト』、実写オムニバス『パリ・ジュテーム』を経て監督したのが実写作品であるこの『ぼくを探しに』である。

主人公の名はポール(ギョーム・グイ)彼は二人の伯母姉妹に育てられ、伯母姉妹のダンス教室を手伝いながらピアニストを目指していたが、とある理由から口がきけなかった。それはポールが幼い頃に死んだ両親の死のショックからだったが、ポールはその記憶を封印したままだった。しかしある日、同じアパートに住む不思議な女マダム・プルーストと出会うことで彼の生活は一変する。マダム・プルーストは自宅で栽培した得体の知れないハーブ茶をポールに飲ませ、彼の失われた記憶を呼び戻すことを画策する。次第に蘇ってくるポールの記憶。幼い日のポールの両親に、いったいなにが起こったのか?

一見して、「これはジャン=ピエール・ジュネミシェル・ゴンドリーの系譜を継ぐフレンチ・ファンタジー監督の誕生だ」と確信した。奇妙な登場人物たちと奇抜な映像、摩訶不思議な世界観とユーモラスであると同時にどこかブラックな物語。そしてジュネもゴンドリーもこのショメも、奇しくもフランス人監督。フランス人にもフランス映画にも詳しくないので「これがフランス人監督気質」などとは決して特定はできないのだけれども、そのガジェット感覚や粘着質な話法、奇妙なノスタルジックさなどにどうにも共通したものを感じてならないのだ。

『ぼくを探しに』の奇妙な面白さは粗筋を語っただけではなかなか伝わらない。主人公の伯母姉妹はあたかも双子のようにいつも同じ服を着る。伯母姉妹のダンス教室には変な人ばかりいる。マダム・プルーストの部屋はなぜか階段の途中にドアのある違法改築したような部屋で、そこは栽培するハーブでほとんど家庭菜園と化している。マダム・プルーストのハーブ茶を飲んだポールはそこで気を失い、3歳の頃の記憶の扉が開く。そこではプロレスラーの父が吠え、ビーチではTVプロデューサーがミュージカルを演じ、TVの中のカエルの楽団が現れてジャズを奏でる。記憶を呼び戻す必須アイテムが「音楽」である、というのも実にいじらしい。

ポール以外の物語を支える登場人物が伯母姉妹や中年女性など、「いい年をした女性」ばかりで、若い女性が殆ど現れない、というのもショメらしい。前述の『ベルヴィル・ランデブー』は主人公が婆さんでその婆さんを支えるのもまた3人の婆さんだ。ショメの初期短編アニメ『The Old Lady And The Pigeons』(DVD『CINEMA16 WORLD SHORT FILMS』収録)もタイトル通り老婦人が主人公だ。ショメ監督の原体験が影響しているそうだが、ここまで老婦人にこだわり彼女らが活躍する作品というのも一種奇異だし、それがまたこの作品を風変わりなものにしているのだ。

この作品のテーマを一言でいうならやはり「記憶についての物語」ということができる。映画はフランスの文豪マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』の引用から始まるが、ポールの記憶を呼び戻す役割を担うのがマダム・「プルースト」という名前なのは当然意識してのことだろう。そしてポールは蘇った記憶を辿るが、そこには当然悲惨な過去の事実が存在する。しかしその悲惨の記憶をもう一度幸福の記憶に読み変えようと試みるシナリオは、なんと先ごろ公開されたホドロフスキー監督の『リアリティのダンス』そのものではないか。こうしてショメはノスタルジックな映像の中にマジカルな一瞬を挟み込み、幸福の過去を未来の幸福へと繋げるのだ。


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