ホドロフスキー原作によるカルト宗教狂騒曲〜『アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険』

■アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険 / アレハンドロ・ホドロフスキー(著)、メビウス(絵)

アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険

アラン・ザカリー・マンジェルはソルボンヌ大学の哲学教授。誰からも尊敬される教養人の彼だが、ある日を境に人生が一変。妻から離婚を言い渡され、家財一式を失い、学生たちからも小バカにされ…。そんな彼の目の前にエリザベスという名の若く美しい女学生が現れる。彼女は『新約聖書』を根拠に、2人は頽廃したこの世に再び洗礼者ヨハネを生み出す宿命なのだという呆れた妄想を語り、アランをさらに悩ませる…。やがて聖ヨセフの生まれ変わりだというヤクの売人のアラブ人と聖マリアを称するコロンビア・マフィアの愛娘が加わり、フランスと南米を股にかけた聖俗混濁の大冒険が繰り広げられる…。聖ホドロフスキーと聖メビウスによる福音書!

この『アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険』は、先ごろ『リアリティのダンス』が公開されたばかりのアレハンドロ・ホドロフスキーによる原作、盟友でありバンドデシネの神とも呼ばれるメビウスがグラフィックを担当したバンドデシネ作品だ。さてこの『アラン・マンジェル氏〜』、これまでホドロフスキーメビウスのタッグでリリースされてきたスペース・オペラSFとは全く毛色の違う作品として仕上がっている。一言でいうならこれは「カルト好きのホドロフスキーによるカルト宗教狂騒曲」といったところだろうか。
主人公は名門ソルボンヌの人気哲学教授アラン・マンジェル、彼は哲学者だけあって高邁なる理性と厳粛たる論理を重んじる男だ。しかしそんな彼は若く美しい狂信的キリスト教原理主義の女エリザベスと出会うことから全ての人生が狂ってゆくのだ。「新たなる預言者の誕生」を確信するこの女は、聖ヨセフの生まれ変わりだと嘯く男と協力し、精神病院に入院しているこれまた聖マリアの生まれ変わりと名乗る女ロザウラを拉致、彼女の導きを仰ぐことで救世主の生誕を目論むのである。ところがこのロザウラ、実は南米麻薬カルテル首領の娘でもあり、かくしてアラン・マンジェル一行と麻薬カルテル、さらにそれを追うCIAとのとんでもないドタバタ劇が繰り広げられてゆくのである。
奇跡も神の顕現にも否定的な理性の人アランが、カルト宗教に巻き込まれそれから抜け出られない、その理由の一つがエリザベスへの強烈な肉欲、という「非理性」であるところがまず皮肉だ。そんなアランが「こんなものまやかしだ」と思いながら胡散臭い秘教儀式に参加し、「こんなもの偶然だ」と思いながら度々起こされる奇跡に立ち会ってしまう、その【合理性と不合理の強烈な乖離】がこの作品の前半テーマとなっており、合理的精神を持っているであろう読者は次第に精神を攪乱され、アラン・マンジェルと同じく不可知の世界へと絡め取られてゆくのだ。
そしてこれは後半の、アラン・マンジェルが体験することになる【神秘体験】への下地作りとなっており、読者は否応なくホドロフスキーの用意したカルトの手の内に落ちてしまう、という構造を成している。ホドロフスキーさん、これって洗脳の常套手段っすよね…?つまり物語前半の中で巻き起こるドタバタは後半の【神秘体験】に説得力を与えるために巧妙に仕掛けられたドラマだということができるわけで、こういった構成力の高さにも括目すべき作品でもあると思う。しかし【神秘体験】だなんだといってもそこはホドロフスキー、山師の如き胡散臭さと、本気か嘘か分からない狡猾さは持ち合わせていて、エンターティメントとしても十分楽しめる。
この作品でメビウスはあくまで一介の絵師としての立場を通しており(作品内容自体には強烈に惹かれていたという)、これまでリリースされていたSF作品のような幻惑的な描線は垣間見られないにしても、逆にそれによりこれまで以上にホドロフスキーらしさがプンプンと漂う作品として完成している。意外と好きだなこれ。

アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険

アラン・マンジェル氏のスキゾな冒険

エル・トポ HDリマスター版 [Blu-ray]

エル・トポ HDリマスター版 [Blu-ray]

サンタ・サングレ/聖なる血 <HDニューマスター・デラックスエディション> [Blu-ray]

サンタ・サングレ/聖なる血 [Blu-ray]