勝ったのは船長ではない、アメリカ海軍じゃ。〜映画『キャプテン・フィリップス』

キャプテン・フィリップス (監督:ポール・グリーングラス 2013年アメリカ映画)


アデン湾からモンバサに向かう途中のコンテナ船マースク・アラバマ号がソマリア沖で海賊に襲われ、コンテナ船船長であるリチャード・フィリップスが身代金目的で拉致されたという実際にあった事件を映画化した作品である。映画はコンテナ船の救命ボートに乗り込みアジトを目指す海賊とフィリップス船長との4日間に渡る息詰まるやりとりを描くと同時に、現場へと急行するアメリカ海軍のフィリップス救出作戦が描かれる。主演はトム・ハンクス、監督は『ボーン・スプレマシー』『グリーンゾーン』のポール・"きな臭い映画好き"・グリーングラス
この映画、「20人の乗組員を解放することと引き換えに自ら拘束され、たった1人でソマリア人の海賊と命がけの駆け引きを始めるフィリップス船長」を描く緊迫の人間ドラマみたいな言われ方をしていたが、観ていてまず「自ら拘束され」たというよりは運悪く海賊と一緒に救命ボートの乗って拉致られたとしか思えないし、「命がけの駆け引き」というよりは海賊たちの気を静め、危害を加えられないようにおっかなびっくり話しかけるフィリップス船長しか描かれていないように見えてしまった。要するにフィリップス船長はたまたま拉致されただけで、またフィリップス船長が何か働きかけたからといって海賊たちは何一つ懐柔なんかされていなかったというわけで、そういった意味ではフィリップス船長の能動的な活躍がこの物語にはほとんど存在しないといってもいいだろう。
こんな単なる被害者であるフィリップス船長がなぜ主人公なのか、というとこれは実際に拉致られた船長が出版した手記を基に製作されたからなのだろうが、それでは「拉致られてとっても怖い目に遭いました」だけのお話になってしまう。しかし本当の主人公は別にいた。それはアメリカ海軍と特殊部隊ネイビー・シールズだ。実際の所事件を解決したのはアメリカ海軍であり、真に称賛されるのもやはりアメリカ海軍なのだ。例えそれが東アフリカ沖の海域といえどもすぐさま駆逐艦を急行させ、さらには強襲揚陸艦、ミサイルフリゲート艦、哨戒機までをも使い、そして最強と言われる特殊部隊ネイビー・シールズまでも派遣する。アメリカの凄まじい国力・軍事力を垣間見せる作戦展開だ。
そしてこの作戦展開は人命救助という美しき建前のみのものではない。アメリカ籍の船と乗務員を保護しその航路を守るということは、世界全域におけるアメリカの経済活動を、すなわちアメリカの利益を守る、ということだ。強大な覇権と資本と国力があってこそできることであり、そしてそれが良くも悪くもアメリカという国なのだ。だからこの映画はヒューマン・ドラマでもなんでもない。アメリカの強大さ、強力さをただただ知らしめるためにこの物語はあり、「アメリカに生まれた者は幸福である」「アメリカに楯突く者は相応の報復を受ける」ことを描いた映画でしかないのだ。
それと、観ていて最初に思ったことは「ソマリア海賊が出没する海域でなぜ徒手空拳のままコンテナ船が航行していたのか?」ということだ。これは後で調べてみたところ「フィリップス船長が経費節約の為にあえて危険な航路とった」からなのだという。このため現在、フィリップス船長は乗組員から訴訟を起こされているのだという。さらにソマリア海賊だが、映画の中では「海外資本による乱獲により魚が取れなくなった為にソマリア漁民が海賊になった」ということはちょっとだけ触れられているが、それ以外にもヨーロッパ・アジア企業らの「ソマリア沿岸の海への毒物や放射性廃棄物の投棄」による海の汚染が魚を捕れなくしているのだという。そうして映画『キャプテン・フィリップス』はグローバル経済における弱者と強者の相克を描きながら強者の一方的な勝利で幕を閉じるのだ。
《参考》なぜソマリア人海賊がいるのかを説明しない『キャプテン・フィリップス』/ マスコミに載らない海外記事