2013年:今年面白かったコミックなどなど

■海外コミック編

ブラックホール / チャールズ・バーンズ

ブラック・ホール (ShoPro Books)

ブラック・ホール (ShoPro Books)

今年一番衝撃を受けた海外コミック。海外コミックの奥深さを思い知らされました。

チャールズ・バーンズの『ブラックホール』は、こうした青春期の暗黒が無慈悲なほどに徹底的に描かれてゆく。この物語はそれ自体が血を流し、毒の吐息を吐き、苦痛の悲鳴をあげてさえいるように思えて仕方なかった。おぞましく、暗く、孤独で、惨めな青春の墓標。自らの青春期に、なにがしかの躓きを覚えたことのあるものならば、この物語の終焉に待つものに、静かな衝撃と深い共感を受けることは間違いないはずだ。個人的には2013年上半期に刊行された海外コミックの中でも最大の問題作であり最高の傑作であると確信した。興味の湧いた方は是非手にとって読んでいただきたい。その素晴らしさは保障する。
悲しくて醜くて受け入れがたいもの 〜アメリカ・オルタナティブ・コミックの傑作 『ブラックホール』

〇シェヘラザード 千夜一夜物語 / セルジオ・トッピ

千夜一夜物語』を題材にした、イタリアのコミック。アメコミ、バンドデシネとも違う親しみやすさ、エキゾチズム、そして何より卓越したグラフィックに目を見張らされました。

この作品集に収められた11の物語は、それぞれが千夜一夜物語に題を取りながらも若干の脚色がなされているという。そしてその多くは、高慢と驕りの物語であり、(神・魔人・人との)契約と裏切りの物語であり、そして力無きものの知恵の物語なのである。それは翻れば、夜毎処女たちを弄び朝日と共にその首を刎ねる狂王の高慢と驕り、かつては誉れ高き王であった者の裏切られた運命、力こそ無いけれども命を守るため知恵を絞り物語を続けるシェヘラザードと、それぞれが繋がってはいないだろうか。シェヘラザードは、そういった暗喩に満ちた物語を紡ぐことで狂王を正気へと目覚めさせようとしていたのではないか。そう、全ては繋がっているのだ。
不毛の荒野に広がる苛烈と残酷の物語〜『シェヘラザード 千夜一夜物語』

〇天使の爪 / メビウスホドロフスキー

アレクサンドロ・ホドロフスキー原作、メビウス画のエロティック・バンドデシネ。単なるポルノグラフィにとどまらない突き抜けたエロティシズムは、このコンビの凄みを改めて感じさせました。

この『天使の爪』はコミック形式の作品ではなく、『猫の目』と同じくメビウス描く大判のグラフィックにホドロフスキーの散文が添えられ、ある種のストーリーめいたものを形作る構成となっているのだが、このグラフィックがことごとく、あからさまにインモラルな性的イメージに満ち溢れたものなのだ。そしてそれにインスパイアされて書かれたホドロフスキーの文章は、この物語の"主人公"とされる"女"の倒錯した性の遍歴を、それが密教の秘儀の如くであるように魔術的に描写するのである。
メビウス&ホドロフスキーのタッグで送る超絶ポルノグラフィ〜『天使の爪』

闇の国々III,IV / ブノワ・ペータース、フランソワ・スクイテン

闇の国々III 闇の国々IV
異界の都市を巡る幻想と驚異の物語、その恐るべき画力とイメージ力でバンドデシネの物凄さを思い知らせてくれた連作『闇の国々』も遂に完結。

ブノワ・ペータースとフランソワ・スクイテンによるBD、『闇の国々』日本語翻訳が今回の第4巻でとりあえずの完結を迎える事になった。『闇の国々』は架空の世界の架空の都市群を舞台に、そこで巻き起こる様々な謎めいた事件や現象を描いたものだが、何よりもフランソワ・スクイテンによる精緻極まる建造物の描写が目を奪う作品だった。架空の都市に屹立し都市全てを覆う高層建築、また、荒野に突如現れる異形の遺跡群は時代を超越した数多の様式が混沌として混じり合い、それ自体が迷宮のごとく存在した。これらを描く銅板画のように硬質な描線と幻惑的なデザイン、気の遠くなるような遠大なスケール感が何より魅力的な作品だったのだ。さらに、そこで暮らし、そして怪異に出会う人々は19世紀から20初頭を思わせる文化の中で生活しつつ、未知の科学技術がその中に応用され、それは過去と未来の混合したレトロ・フューチャーなテイストを表出させていた。
不条理の迷宮〜『闇の国々III』

異界の都市の物語、堂々完結。〜『闇の国々IV』

■国内コミック編

〇風童(かぜわらし)、みずほ草子(1) / 花輪和一

風童 ーかぜわらしー (ビッグコミックススペシャル) みずほ草紙 1 (ビッグコミックススペシャル)
日本の中世を舞台にし、異界と現世とが重なった独特のアニミズム世界を描きながら、人の生の苦しみと救いを浮かび上がらせる花輪和一ならではの珠玉の短編集。

花輪は日本の中世〜近代を舞台にした怪奇幻想譚を得意とするが、その作品のテーマは単に怪異のみを描くものではなく、その怪異を通して人の持つ"業"の深さを浮かび上がらせようとする。そこで描かれるのは人の残酷さ、人の運命の残酷さ、その救いようの無さだ。ただし花輪は同時に、その救済も描こうとする。しかしその救済は、子供のように無私であることだったり、現世利益を期待せず全ての願望も欲望も捨て去ることだったり、動物のようにただ生きている実感だけを信じる事だったり、非常に宗教的である分、おそろしくストイックでギリギリのものだったりする。即ち花輪世界における救済は、非常に難易度の高い救済なのだ。しかし難易度が高いからこそ、よじれまくった【因業】を断つ最終兵器と成り得るのだ。
祝・花輪和一の新作作品集2冊同時刊行!!

〇I 【アイ】/ いがらしみきお

I【アイ】 第1集 (IKKI COMIX) I 2 (IKKI COMIX) I【アイ】 3 (IKKI COMIX)
神は存在するのか?人はなぜ生き、そして死ぬのか?人はいつか救われるのか?そもそも「救い」とはなんなのか?そして人はなぜ、「ここ」に存在するのか?そんなメタフィジカルなテーマを掲げながらダークなホラー作品として展開していたいがらしみきおの長編コミック『 I 【アイ】』が遂に完結。

物語は、現実というものがうまく捉えられない少年・雅彦と、奇妙な能力を持った異様な風体の少年・イサオとが主人公となる。放浪の旅に出た二人は、夥しいほどの死と生々しく接してゆくが、その死には、常にイサオが関わっていた。しかし死の寸前に、彼らはイサオによって「救われて」いたのだ。そしてイサオが時折呟く謎の言葉。それらは、世界と人との接点と、その世界を認識する人の意識の在り方と、その中から導き出される、概念としての【神】を暗にほのめかしていたのである。イサオはいったい何者なのか?そして雅彦の放浪の果てに待つものは何か?コミック『 I 【アイ】』はこうした物語である。
神は存在したのか?〜『 I 【アイ】 (3)』 / いがらしみきお

ちいさこべえ / 望月ミネタロウ

ちいさこべえ 1 (ビッグコミックススペシャル) ちいさこべえ 2 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)
山本周五郎原作の人間ドラマ。古き善き日本映画を観ているような和風な感触が堪らなくいい。

物語の主人公は大工の若棟梁・茂次。彼は物語冒頭で大火事により両親を亡くす。自らの工務店を建て直すため奔走する茂次は、店の手伝いに幼馴染だった若い娘・りつを雇う。そしてこのりつが、先の大火事でやはり焼けてしまった福祉施設の孤児たち5人を、茂次の家で養いたいと言い出すところから物語が始まる。茂次とりつ、二人の性格設定がいい。意地っ張りの茂次、強情なりつ。自分を曲げないという部分で二人は似たもの同士だが、だからこそ二人はなかなか相容れない(まあ大体茂次が折れるのだが)。将来的にはロマンス要素もあるのだろうけれども、この巻ではそういった甘さはない。この二人のきちっと立ち上がった性格描写が読んでいてとても心地よいのだ。
山本周五郎原作で綴られる望月ミネタロウの新作漫画『ちいさこべえ』

テルマエ・ロマエ / ヤマザキマリ

お風呂というキーワードでもって現代と古代ローマ比較文化論を展開した『テルマエ・ロマエ』は、時空を超えたロマンチックなクライマックスを迎えました。

漫画『テルマエ・ロマエ』は、古代ローマの浴場技師ルシウスが現代日本にタイムトラベルして優れた風呂文化を目の当たりにする、という物語でしたが、実はこれは逆で、日本のお風呂を愛する作者が、同じように愛するローマ文化を、風呂という切り口で幻視した物語、ということができるのではないでしょうか。そしてそれは、温泉宿育ちで古代ローマ文化に精通する女性、さつきさんが登場することにより、一巡して構造が成立するんですよね。そしてそのさつきさんとルシウスのロマンスは、イタリア人夫を持つ作者自身とも綺麗に重なってしまうんですよね。ですから、『テルマエ・ロマエ』後半のロマンス展開はある意味必然であっただろうし、さつきさんが古代ローマへと旅立つクライマックスは、それ自体が作者の古代ローマへの強い愛情と郷愁の結果でもあるんですよね。
『テルマエ・ロマエ』が完結した。

エリア51ノブナガン / 久正人

エリア51  7 (BUNCH COMICS) ノブナガン(4) (アース・スターコミックス)
久正人がブレイクしてくれてとても嬉しい。

『ジャバウォッキー』同様独特のコントラスト度の高いハイセンスなグラフィックとトリッキーなアングルを駆使し、「モンスターvs美少女」の物語を時にエキサイティングに、そして時に残酷に描いてゆくんですよ。そんな甘さを配したハードボイルドな物語の中に、時折怒涛の如く噴出する主人公の痛ましいほどのパッションが熱いんですね。(エリア51
いわばこの物語、鬱展開の全く存在しないエヴァンゲリオン的な世界観の中でサイボーグ009みたいな個々に個性的な超能力を持つ若者たちが力を合わせて敵と戦う、といったものなんですね。この超能力少年少女たちのエイリアン・テクノロジーを身にまとった姿や敵宇宙生物のビジュアルがまた久正人らしい卓越したグラフィックでデザインされ目を楽しませます。(ノブナガン
久正人のハイセンスなグラフィックが躍るモンスター・コミック、『エリア51』と『ノブナガン』

〇地上の記憶 / 白山宣之

地上の記憶 (アクションコミックス)

地上の記憶 (アクションコミックス)

夭折した漫画家、白山宣之の作品集。上質な文学小説を読んでいるような作品に感嘆しました。

端正な描線の絵を描かれていたこと以外その作風がどんなものか思い出せず、折角だから読んでみようと思い購入してみた。そして読んでみて驚いた。これが近年にない素晴らしい漫画体験だったからだ。収録作品は最も古い昭和54年作「Tropico」から平成15年作「大力伝」まで全5作。寡作だったことで知られ、さらに現行で流通している単行本はこの「地上の記憶」だけだということを考えると、「埋もれたままなのがあまりにも惜しい作家」の秀作の数々を、遺作集という形でしか体験できないことがなにより口惜しい。
惜しまれつつ世を去った白山宣之の瑞々しい遺作集『地上の記憶』

〇ベアゲルター(1) / 沙村広明

ベアゲルター(1) (シリウスKC)

ベアゲルター(1) (シリウスKC)

叛逆ズベ公4人組が繰り広げろハイパーバイオレンス世界。昭和任侠・バイオレンス映画、スプラッタ/トーチャーホラー、なにより『キル・ビル』好きにお薦めしたい1作。

女!エロ!ヤクザ!暴力!陰謀!殺戮!などなどが乱れ飛ぶノワール作品となっているわけである。沙村広明の代表作『無限の住人』は乗り遅れてしまって読んでおらず、せいぜい彼の単発作『ブラッドハーレーの馬車』を1冊読んだことがある程度なのだが、そこで感じた冷え冷えとした暴力と淫蕩なエロティシズム、そして穿たれた孔のような昏い狂気は共通している。そしてやはり、作者が公言しているように、この『ベアゲルター』は当初、「女囚サソリみたいな復讐系キャラやスケバンキャラも出して70年代東映テイストで」ということが目論まれて執筆されたのだという。
70年代東映テイストの”ずべ公”バイオレンス・アクション、沙村広明の『ベアゲルター』