パウリーナの思い出に / アドルフォ・ビオイ=カサーレス

パウリーナの思い出に (短篇小説の快楽)

人生とは神々を楽しませるための見世物にすぎない――幻影の土地に生まれた真の幻想作家ビオイ=カサーレス、本邦初の短篇集。愛の幻想、もう一つの生、夢の誘い、そして影と分身をめぐる物語。
ぼくはずっとパウリーナを愛していた。二人の魂は結びついていた、そのはずだった……代表作となる表題作をはじめ、バッカス祭の夜、愛をめぐって喜劇と悲劇が交錯する「愛のからくり」、無数の時空を渡り歩き無数の自己同一性を生きる男の物語「大空の陰謀」など、ボルヘスをして「完璧な小説」と言わしめた『モレルの発明』のビオイ=カサーレスが愛と世界のからくりを解く十の短篇。本邦初のベスト・コレクション。《明晰でしかもとらえがたい曖昧さをたたえた文体、意想外の展開を見せるストーリー、巧緻をきわめたプロット、どれをとっても見事というほかはない》(木村榮一)

アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれの作家、アドルフォ・ビオイ=カサーレス(1914〜1999)の日本独自編集短編作品集。ビオイ=カサーレスはホルヘ・ルイヘ・ボルヘスとの交友でも知られており、作品の共同執筆者、アンソロジーの共同編集者としても活躍していたらしい。しかしその作風はボルヘスの迷宮的なペダンチズムとは異なり、なによりも特徴的なのは物語の中心に"破滅的な愛"をテーマとして据えようとしている部分だろう。
例えば表題作「パウリーナの思い出に」は幻想としての愛と愛の幻想の二つを描き、「愛のからくり」は軟禁状態のホテルで愛に翻弄される人々が登場し、「影の下」は南国を舞台に暗く破滅的な愛の運命が描かれ、「偶像」では陰鬱な古城からやってきた使用人の女の虜になった男の物語だし、「雪の偽証」もまた道ならぬ恋が不気味な終焉を迎えるといったお話なのだ。
しかし、この短編集の個々の作品は、1948年から1967年にかけて本国で刊行された4つの短編集から採られているのだけれども、20年というタイムスパンの作品が並ぶと、さすがに作風とそのクオリティにばらつきがあるように感じられた。例えば「墓穴掘り」の追いはぎ旅館といったテーマは"奇妙な味"作品の定番であるがゆえの平凡な作品だし、ロバート・シェイクリ的な異次元世界が登場する「大空の陰謀」や、夢の世界への逃避にあこがれる「二人の側から」は悪くはないのだけれどもあまり深みも感じられない。
作品集では推理小説的な論理性と整合感を持ち込もうとした作品がいくつか見受けられるが、この整合感にこだわるばかりに文章がまわりくどく晦渋で躍動感を感じさせない。テーマに見合った長さなのか疑問に思えた作品も幾つかあり、全体的に悪達者で考えすぎな作品が多く、そして古臭い。う〜んこの作家、ラテンアメリカ文学ということで期待していたのだけれども、どうも自分向きではなかったようだ。
この中で一番気になった作品は「大熾天使」。保養先の温泉地で突然世界終焉の噂が立つというこの作品、ラストに近づくにつれ混沌度が増しそして唐突に物語が終わる、という、こういった説明のつかなさや解釈の多様さがあるような作品をもっと読みたかったように思う。