非情なる殺し屋の死闘を描く傑作『パーフェクト・ハンター』

■パーフェクト・ハンター(上)(下) / トム・ウッド

 

プロの暗殺者ヴィクターは、依頼どおりに標的の男を射殺し、男が持っていたフラッシュメモリーを奪った。だが、その時から彼は殺し屋に襲われ始める。彼は知らなかったが、フラッシュメモリーにはロシアの軍事機密が記録されており、CIAがそれを受け取るはずだった。ヴィクターは殺し屋を次々と倒し、自分の命を狙う者が誰なのか突き止めようとする。やがて彼は、暗殺の仕事を仲介する人物に会い、意外な事実を知る。
仲介者の話では、ヴィクターの殺害に失敗した首謀者が、今回の暗殺計画の関係者全員を抹殺しようとしているという。ヴィクターは仲介者に協力し、首謀者の正体とフラッシュメモリーの中身を解明しようとする。だが敵は凄腕の殺し屋を差し向けていた。しかも、ある事情でヴィクターを追うロシアの情報機関が軍事機密の流出を阻むべく動き始めた。壮絶きわまりない戦闘の行方は?期待の大型新人が放つ冒険アクション巨篇。

殺し屋の物語が好きだ。それもできるだけ冷酷無比な殺し屋がいい。
殺し屋といえばオレが真っ先に思い浮かべるのはフレドリック・フォーサイス原作でフレッド・ジンネマン監督で映画化もされた『ジャッカルの日』だ(ブルース・ウィリス主演の『ジャッカル』はリメイクと謳っているがまるで別物の作品だ)。ここで登場する殺し屋ジャッカルの、徹頭徹尾、感情など一かけらも存在しないマシーンと化した殺し屋ぶりには痺れた。もう一つ、シドニー・ポラック監督のスリラー映画『コンドル』の殺し屋も忘れ難い。ここでも冷酷無比な殺し屋が描かれるが、マックス・フォン・シドー演じるその殺し屋は、ロバート・レッドフォード演じる主人公を執拗に追い回しながら、指令が変わった途端、全く感慨も無く追撃を止める。ただ単に機械のスイッチが切られただけのように。
殺し屋にとって、殺しは単なる仕事だ。彼らは、私怨や狂気で人を殺しているのではない。正義や教条によって人を殺しているのでもない。殺すことにも、殺す相手にも、一切の感慨も感情も、当然ながら共感も介入しない。そして彼らは基本的に一匹狼であり、誰一人として信用せず、素性を持たず、世界から簡単に身を隠す。彼らが信用するのは多分金だけだ。究極まで鍛え上げられた体と知性とスキルを持つ彼らは、要するに殺す機械であり、即ち人間ではない。この徹底した非人間性、それも、狂気ではなく透徹した理性でもって形作られた非人間性こそが、殺し屋という存在の面白さだ(あくまで物語の話をしているんだけどね。あと『ゴルゴ13』は好みではありません、あしからず)。
トム・ウッド描く『パーフェクト・ハンター』はこの殺し屋の物語である。主人公であるプロの殺し屋ヴィクターは依頼の殺しを完了させた後、戻ったホテルで何者かが仕向けた暗殺集団に襲撃される。この冒頭から凄まじい銃撃戦が展開され、そして襲撃者たちを一人また一人と確実に屠ってゆくヴィクターの、殺し屋としての優れたスキルと冷酷さをたっぷり見せつけられる。その後もヴィクターは執拗に命を狙われ、彼は遂に彼を付け狙うものに報復すべく、証拠を追ってヨーロッパ各地を渡り歩くのだ。
まあ結局背後にはアメリカやロシアのあんな組織こんな組織が絡んでいて、そんな中、主人公は同じ粛清の憂き目に遭った女諜報員と出会い、協力しあいながら敵へと肉薄してゆくんだが、なにしろ主人公は感情を持たない殺戮機械、相手がたとえ女でもまるで興味を持たず、さらには協力者にもかかわらずこの女を最後にどう殺すのか考えている始末だ。この非人間ぶりがとにかく痺れる。しかしロボット野郎だと思っていた主人公がほんのちょっとだけこの女に心を動かす、その描写がまたいい。
そしてクライマックスでは、主人公とアメリカ・ロシアの特殊部隊、さらには主人公に差し向けられた最凶の殺し屋という、なんと四つ巴となった激しい戦闘が、これでもかとばかりに展開してゆく。飛び交う銃弾、振り上げられる拳、飛び散る血飛沫、次々と死体と化してゆく男たち!繰り広げられる息を呑むようなアクションの連打に、映画好きのオレとしては様々な名作アクション映画の一光景を次々と想起してしまい、この小説それ自体が優れた映画を観ているかのような醍醐味を味わうことが出来た。非情の世界で生きる殺し屋の透徹した殺しの腕前を堪能させながら、物語は世界を股に掛けながら刻々と舞台を変え、陰謀と裏切りが背後では進行し、要所要所で緊迫感あふれるアクションがスピーディーに描かれる。この『パーフェクト・ハンター』は非常に優れた娯楽小説として楽しむことが出来た。

パーフェクト・ハンター (上) (ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・ハンター (上) (ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・ハンター (下) (ハヤカワ文庫NV)

パーフェクト・ハンター (下) (ハヤカワ文庫NV)

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