フランス革命期を生きた死刑執行人の生涯〜『イノサン』

イノサン(1) / 坂本 眞一

イノサン 1 (ヤングジャンプコミックス)

18世紀、「自由と平等」を望み、現代社会の出発点となったフランス革命。その闇に生きたもう一人の主人公シャルルアンリ・サンソン。彼は、パリで死刑執行人を務めるサンソン家四代目の当主。その過酷な運命に気高く立ち向かった“純真"を描く、歴史大河の開幕──!!

フランス革命期に死刑執行人として生きた実在の男、シャルル=アンリ・サンソンの生涯を描くコミック第1巻。タイトル「イノサン」とは「イノセンス=無垢」のことで、主人公の名前が伊野さんであるとか旨み成分のイノシン酸の仲間だとかいうことでは決してない。底本として安達正勝氏の『死刑執行人サンソン―国王ルイ十六世の首を刎ねた男』が参考とされているらしい。
シャルル=アンリ・サンソンをちょっくらWikipediaしてみたらやはり面白い人物で、ルイ16世マリー・アントワネットの死刑執行を行った男であり、しかし死刑執行人でありながら信心深く、職業と信心のその葛藤が常にあったらしいことはコミックの中でも描かれている。彼が死刑執行人になったのは父の職業を受け継いだからなのだが、彼の兄弟もまた皆死刑執行人として生き、または死刑執行人のもとへと嫁いでいる。もう筋金入りの死刑執行人一家なのだ。しかも死刑廃止論者だったのらしく、にもかかわらず史上2番目に死刑執行をした男としてその生涯を生きてしまったのらしい。
このコミックではそのアンビバレンツな魂をどう描くかが見所となるようだが、序盤からビジュアル系女顔の主人公が常にメソメソしていて多少鼻白んでしまった。しかしこれはあくまで前振りであって、このナヨナヨ男がどのようにしてマッチョな死刑執行人(?)になってゆくかがこれから描かれてゆくのだろう。
それにしても坂本眞一氏のコミックは初めて読むのだが、絵上手過ぎ。ビジュアル系の登場人物たちも含め、フランス近世の建造物、衣装、風俗を鬼のような画力で活写している。正直ここまで描き込まなくてもいいだろ、というほどの描き込み振り。背景に写真変換ソフトも使っているような気もするが、その背景に負けない流麗な描線のキャラクターたちの美しさはこの漫画家の力量を余すところなく伝えている。そして美しく繊細な画力があればこそ、当時のフランスの空気感をここまで再現できているのだろう。
さらに死刑執行人の物語だけあってただ美しいだけでは決して終わっていない。作中では死刑執行人になるがイヤだとグズるビジュアル系主人公を、同じく死刑執行人である父親が折檻と称して本格的かつえげつない拷問にかけるシーン(失禁もあり!)が盛り込まれ、それがまた詳細に描かれているもんだから、ただならぬ変態的雰囲気も存分に楽しむことが出来る。