異色短編集3冊読んだ〜「厭な物語」「澁澤龍彦訳 幻想怪奇短編集」「短編小説日和 英国異色傑作選」

いわゆる「奇妙な味」と呼ばれる短編集が結構好きで、たまにぽつぽつと読んでいる。早川の異色作家短編集や河出の奇想コレクションなどの作家別の短編集も好きだが、様々な作家の集められたアンソロジーというのも一種幕の内弁当的なお得感というか、福袋的な「何が入っているかお楽しみ」感があってこれはこれで楽しい。こういったアンソロジーはアンソロジストの知識とセンスのお手並み拝見ともいうべきもので、収録された個々の作品を楽しむのと併せてアンソロジストのその趣味性を味わうといった部分がある。膨大な作品を読み込んだアンソロジストの紹介する作品だからそれぞれは評価に値する作品なのだろうけれども、読む側の趣味と合わなければ読む側にとってはつまらない作品集となる場合だってある。そういったわけで今回3冊の異色短編アンソロジーを読んでみたのだが、結果は如何だろう。

■厭な物語

厭な物語 (文春文庫)

厭な物語 (文春文庫)

タイトル通り「読後感の悪い作品」を集めた作品集である。作家はアガサ・クリスティージョー・R・ランズデール、シャーリイ・ジャクスン、パトリシア・ハイスミス、ウラジミール・ソローキン、フランツ・カフカフレドリック・ブラウンと、文学、ミステリ、SFという多岐のジャンルの古今東西の作家にまたがり、もうこれだけでお得感が一杯になっている。逆にこの「お得感」を醸すためにコンセプトである「読後感の悪い作品アンソロジー」といった印象は若干希薄で、結局作家のネーム・バリュー主体のアンソロジーになってしまっており、多岐に渡る作家選択も逆に雑駁に感じる部分があるのがちと残念。しかし異色短編の古典中の古典「くじ」や「うしろをみるな」が収録されており、ある意味異色作家短編集ビギナー向けとしてはなかなかいい仕上がりともいえるかもしれない。

澁澤龍彦訳 幻想怪奇短編集

澁澤龍彦訳 幻想怪奇短篇集 (河出文庫)

澁澤龍彦訳 幻想怪奇短篇集 (河出文庫)

言わずと知れた澁澤龍彦・訳によるフランス古典幻想短編集。澁澤龍彦にはそれほど思い入れはないのであるが、それでもその訳文の香り立つような味わいとペダンチズムは十分伝わってくる。そしてなによりも興味深かったのは「幽霊や死者たちが紡ぐ神秘と恐怖と破滅の」作品集ではあるけれども、単なる煽情的な恐怖物語なのではない、という部分だろう。例えばマルキ・ド・サドの「呪縛の塔」は狂王が足を踏み入れた地獄を思わせる異様な世界を描いたものであるが、善悪についての宗教的倫理を元とする説話的な物語であり、またシャルル・ノディエによる「ギスモンド城の幽霊」では幽霊城と呼ばれる城に足を踏み入れた騎士が、目の当たりにした怪異をあくまで合理的に見極めようと推論する物語なのだ。宗教的倫理と合理的精神という一見水と油のように見える態度の在り方はしかし、ある意味実にヨーロッパ的な知性の在り方ということも出来、そういった部分が立ち上がって見えてくるのが面白い短編集だった。また、「解剖学者ドン・ベサリウス」や「恋愛の科学」はその科学的精神が恐怖を生むという部分でやはりヨーロッパ的なものを感じた。後半の小作集「共同墓地」はユーモアも加味された怪談が並ぶ。

■短編小説日和 英国異色傑作選

短篇小説日和―英国異色傑作選 (ちくま文庫)

短篇小説日和―英国異色傑作選 (ちくま文庫)

英国作家限定の異色短編集。編・訳を務めた西崎憲氏の相当のこだわりが伝わってくるアンソロジーになっており、巻末にはその西崎氏による意外と長めな短編小説論考までもが収録されている。有名作というよりも西崎氏によって"発掘"された一般読者には馴染み薄い英国作家の作品が多く、作者の紹介も詳細で、並々ならぬ力がこもったものとなっている。ただしこれは個人的な見解なのだけれども英国小説には稀に晦渋であったり展開の鈍重さを感じさせる物語もあり、このアンソロジーでも今一つ明快な面白さが伝わってき難い作品も散見されたが、何度も言うがあくまで個人的趣味の問題ということで受け取ってほしい。しかしもちろん特筆すべき佳作も多い。その中で目を惹いたのは、サーカスの見世物となっている畸形たちが無人島に難破した物語、ジェラルド・カーシュの「豚の島の女王」がその異様さにおいてまず息を呑まされる。また、とある田園を舞台にしたエリザベス・グージの「羊飼いとその恋人」はまさか自分がこんな心温まる物語に心動かされるとは!と思ってしまうほどに幸福感を感じさせるものだった。他にもマージョリー・ボウエンの煌めく様な幻想譚「看板描きと水晶の魚」、古代ファンタジーとも呼ぶべきヴァーノン・リーの「聖エウダイモンとオレンジの樹」、人を食ったようなモダン・ファンタジーであるF・アンスティーによる「小さな吹雪の国の冒険」などが気に入った。そしてラストはアンナ・カヴァンによる陰鬱なる心の平和を悪夢のような情景描写で描く「輝く草地」で、これも必読だろう。