『テルマエ・ロマエ』が完結した。


テルマエ・ロマエ』、遂に完結しましたねえ。「風呂を通して描かれる現代日本と古代ローマの文化比較論」みないな言われ方をしていた本作、確かにそういった部分もあったにせよ、ホントはそういうメンド臭い話じゃなくて、「作者のダンナであるイタリア人を純日本な文化に置いて弄ってみたら面白かった」ってことじゃないかと思うんですが、作者であるヤマザキマリさんの自由な知性と想像力が結果的にとても含蓄ある切り口を見せた、ということなんではないでしょうか。さらに、かつての世界の覇者であったローマ人が日本の文化を、それも高度なテクノロジーそのものや胡散臭いジャポネスクみたいなものではなく、当たり前過ぎるぐらい日常的なお風呂という文化を称賛する様が、日本人としてくすぐられるものもあったということなんじゃないかな。
でも、最初は現代日本と古代ローマを行き来していちいちびっくりして見せる主人公ルシウスの様子が大変面白かったとはいえ、風呂というネタだけでどれだけ回数持たせられるものなんかなあ?これだけ楽しい物語が、ネタ切れでだんだん苦しくなってきて尻すぼみになってしまうのは嫌だなあ、とは思ってたんですよ。それが作者が物語をたたみに掛けてきて、風呂ネタとは関係なく日本人女性とのラブロマンスものへと持ってきたのは、賛否両論あったとはいえ自分としてはいい具合にケレンの効いたまとめに入ったな、と思ったんですけどね。しかもこの日本人女性・さつきさん、ラテン語が堪能なうえ古代ローマの含蓄にも深い才女、というあまりにも都合良すぎるキャラだったんですが、この女性が普通にコスモポリタンな才女である作者自身と考えると、実は全然おかしくなかったりするんですよね。
自分が敬愛する女性漫画家の一人で、2005年に惜しくも夭折された杉浦日向子さんは、江戸文化研究家でもあり、時代考証なども手掛けていらしたほど江戸文化に精通し、その文化を心の底から愛していた方なんですね。杉浦さんは、現代の東京にいながら、その東京のかつての姿である江戸の面影を常に幻視し、その江戸へタイムトラベルが出来たらいいのに、といつも願っていたそうなんです。杉浦さんの心はきっと、東京に居ながらにして、江戸の時代に生きていたんですね。
漫画『テルマエ・ロマエ』は、古代ローマの浴場技師ルシウスが現代日本にタイムトラベルして優れた風呂文化を目の当たりにする、という物語でしたが、実はこれは逆で、日本のお風呂を愛する作者が、同じように愛するローマ文化を、風呂という切り口で幻視した物語、ということができるのではないでしょうか。そしてそれは、温泉宿育ちで古代ローマ文化に精通する女性、さつきさんが登場することにより、一巡して構造が成立するんですよね。
そしてそのさつきさんとルシウスのロマンスは、イタリア人夫を持つ作者自身とも綺麗に重なってしまうんですよね。ですから、『テルマエ・ロマエ』後半のロマンス展開はある意味必然であっただろうし、さつきさんが古代ローマへと旅立つクライマックスは、それ自体が作者の古代ローマへの強い愛情と郷愁の結果でもあるんですよね。確かに冷静に見るなら、物語的には強引だしご都合主義的過ぎる部分があまりにも多いとはいえますが、むしろそれが強烈な愛情による幻視という名のタイムトラベルなら、どんなことが可能になったとしても、それは少しも不思議な事ではないではないですか。
そんな一途な愛情によって描きあげられたこの最終巻は、自分には最初のページからずっと胸がいっぱいでたまりませんでした。そしてこの巻では、さつきのお爺さんである鉄さん(トミー・リー・ジョーンズ似)の大活躍にもまた凄まじいものを感じました。まあこの「実はとてつもない人脈を持つ年寄」というプロットはそれほど斬新なものではないにせよ、「鉄さん古代ローマ編」のこれまでとは趣を異にした愉快さは、完結した『テルマエ・ロマエ』物語の新たな展開の可能性すら感じさせました。作者もこの鉄さんキャラの可能性に気づいたらしく、近々読むことのできる新連載では、どうやらこの鉄さんを含めた物語を読む事が出来るようですね。楽しみです。

テルマエ・ロマエVI (ビームコミックス)

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テルマエ・ロマエ Blu-ray豪華盤(特典Blu-ray付2枚組)

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テルマエ・ロマエ Blu-ray通常盤

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江戸アルキ帖 (新潮文庫)

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