若手作家によるスピリチュアルな掌編集〜『シェル・コレクター』 アンソニー・ドーア著

シェル・コレクター (新潮クレスト・ブックス)

ケニア沖の孤島でひとり貝を拾い、静かに暮らす盲目の老貝類学者。だが、迷い込んできた女性の病を偶然貝で癒してしまったために、人々が島に押し寄せて…。死者の甘美な記憶を、生者へと媒介する能力を持つ女性を妻としたハンター。引っ越しした海辺の町で、二度と会うことのない少年に出会った少女…。淡々とした筆致で、美しい自然と、孤独ではあっても希望と可能性を忘れない人間の姿を鮮やかに切り取った「心に沁みいる」全八篇。「ハンターの妻」でO・ヘンリー賞を受賞するなど、各賞を受賞した新鋭によるデビュー短篇集。

アメリカの若手作家アンソニー・ドーアによる短編集。1973年生まれというからやっと30歳になったかならないかという歳のようだが、これが実に器用に書き上げられた作品が並ぶ。ざっくりと乱暴に評するなら、アンソニー・ドーアの小説は「ちょいスピリチュアルの入ったアウトドア小説」といったところか。全てというわけではないが巧みに自然の描写が描かれた作品が並び、それは詩的であると同時に霊感に満ちており、その霊感は具体的でなにがしかの”啓示”を与えるものではないにせよ、主人公の生き方に決定的な影響を与える。そしてどの作品も予想を覆す展開、思いもよらないエピソードを交えながら胸に残るクライマックスを迎える。この辺の展開の妙味が作者の持ち味であり、テクニックの確かさを感じさせるところだ。ただ、そのテクニックの確かさは逆にライターズ・カレッジの優等生といった風情もあり、秀逸ではあるもののどこか生々しさに欠ける部分もある。しかしそれは若さなりの陰影の無さであり、当然これからも作品を書き続けることによって円熟してゆくものであろうから、それを指摘するのはフェアではないだろう。それとこの作者、どうやら相当釣りが好きなようで、収録作のほぼ半数に釣りと釣り人が登場する。ひょっとしたら個々の作品に横溢するスピリチュアルなテイストは作者の釣りによってインスピレーションを得たものなのかもしれない。その中で釣りそれ自体が主題となった「七月四日」はこの作品集の中で唯一のコミカルな作品で、個人的にはリラックスして書かれたと思われるこの作品こそが作者の個人的な内面に一番近い所にある作品ではないのかとすら思った。

シェル・コレクター (新潮クレスト・ブックス)

シェル・コレクター (新潮クレスト・ブックス)