この世界へあらん限りの悪態を〜『崖っぷち』 フェルナンド・バジェホ著

崖っぷち (創造するラテンアメリカ)

瀕死の弟の介護のため母国コロンビアに戻った語り手。彼の脳裏に去来する弟との思い出、ありし日の父の姿、憎むべき母親、そしてかつての、また現在の母国コロンビアのどうしようもない状態。死と暴力に満ちたこの世界に、途轍もない言葉の力で作家はたった一人立ち向かう。2003年ロムロ・ガジェゴス賞受賞作。

コロンビア作家フェルナンド・バジェホの『崖っぷち』は、異様なまでのエネルギーに満ちた凄まじい【悪態小説】だ。主人公は罵る、主人公は呪う、残酷な世界を、不正と貧しさに満ち溢れた自らの国コロンビアを、お題目ばかり立派なローマ教皇とその強権的な宗教を、愚か者ばかりの町の住民を、怠惰で利己的な自らの母親を、そして、愛する弟を冒す死病エイズを。世界は何一つとしてまともではない、世界は何一つとして正しくない、世界はクソッタレでしかない、だから主人公は否定する、全ての世界を、全ての存在を。この圧倒的なまでの【苛立ち】が恐るべき分量の罵倒となって、ページというページを埋め尽くす。そしてその苛立ちと罵倒の中心にあるのが、弟の罹った病魔であり、ありとあらゆる手を尽くしながらも確実に死へと近づいてゆく、その無力感と死という名の不条理が、主人公の怒りになお一層火を注ぐ。そうだ、世界がどれほど悲惨なものであろうと、主人公は決して悲嘆に暮れ首項垂れてはいない。たとえどんなに無駄であろうと、主人公はそれと鼻突き合わせて対峙し、戦い抜こうとする、それは勝ち目のない戦いだということを重々承知の上で、その悲惨さをこき下ろす。確かに最後には全ては敗北し、無に帰し、闇に還り、いけすかない死が墓の上で嗤うのだとしても、せめて噛み付く所には噛み付いて、歯型の一つも残してやろうじゃないか。そしてそれが、自分という存在と、そして愛する者との、生きてきた証なのだから。フェルナンド・バジェホの『崖っぷち』は、膨大な罵倒に塗れながら生の悲しみと不確かさを描く、そんな小説なのだ。

崖っぷち (創造するラテンアメリカ)

崖っぷち (創造するラテンアメリカ)