キングがさらなる救いようの無さを描く短編集『ビッグ・ドライバー』

■ビッグ・ドライバー / スティーヴン・キング

ビッグ・ドライバー (文春文庫)
スティーヴン・キングの最新短編集。もともとは本国で『Full Dark,No Stars』として刊行されたものを日本で2分冊にしたもので、そのうち2編は短編集『1922』として既に翻訳されている(拙ブログ・レヴューはこちら:次から次へと不幸が襲いかかるキングのイヤラシイ中短編集『1922』 - メモリの藻屑 、記憶領域のゴミ)。この『Full Dark,No Stars』はタイトル「真っ暗闇で星さえ見えない」が意味するように「徹底的に救いの無いオハナシを書いてみましたぁ!ウシシ!」というドSスピリット満載のコンセプトで、確かに先出の『1922』は不幸と悲惨がダンスを踊る実にいやらしい中・短編が並べられ、楽しくてしょうがなかった(どんな性格だオレ)。
さてこちら『ビッグ・ドライバー』にも2編の中編が収められている。タイトルになった中編「ビッグ・ドライバー」は地方講演の帰り"とっても大きな運転手"に拉致されレイプされた女性作家がからくも生き延びてこの"でっかい運転手"に復讐を誓う、というストーリー。レイプ物、ということでこれはマジに悲惨に描くとホントにシャレになんなくなると思ったのか、キングがフェミニストだからなのか、『Full Dark,No Stars』作品集の中では唯一"復讐"という能動的な手段に出る主人公が描かれている。その復讐自体を凄惨に描けばまだコンセプトを踏襲したのかもしれないが、多少のひねりはあるもののお話がストレートに進み過ぎてしまい、「徹底的に救いの無いオハナシ」というわけではなくなっている。作中主人公は映画『ブレイブ・ワン』や『鮮血の美学』に触れられているが、この物語自体がそれらの映画を超えていないというのがやはり大きな敗因かも。そういえば悲惨でおぞましい映画というと『隣の家の少女』や『ムカデ人間』なんてぇのがありましたが、実はオレ、気分が悪くなりそうなんで両方とも観てません…なんだオレ、ホントはヘタレじゃんかよ…。
続く『素晴らしき結婚生活』は『ビッグ・ドライバー』の不完全燃焼感を払拭するかのような心理サスペンス。誰からも羨まれるような幸せな結婚生活を続けていた妻がある日、いつもとっても優しい自分の夫が実は、数年に渡って10人以上もの女性を殺害し、現在もまだ捕まっていない連続殺人鬼だったということに気づいてしまう、というお話なんですね。いやこれはゾワゾワ来ましたね。夫がどんな恐ろしい犯罪を犯してきたのか詳細に知ってしまった妻の恐怖と驚愕、それと併せ、その夫を倫理に則って警察に突き出すか否かという葛藤。妻は考えちゃうんですよ、もしも夫の犯罪が世間に明るみに出たとき、やっと事業を軌道に乗せ始めたばかりの自分の息子や、結婚をまじかに控えた自分の娘がどんな目に遭ってしまうのか、と。しかしこの事実を隠したとしても、数々の女性を監禁拷問暴行殺害し続けてきた夫と、これからもまともな結婚生活を送れるわけがない…。犯罪の恐ろしさ自体よりも人間の利己心や心の弱さを描き、「こんな時自分だったらどうするか?」と考えてしまうのがいいですね。程よいひねりも物語に加味されていて、これは面白く読めました。この「夫が連続殺人鬼だったということを全く知らなかった妻」という物語、実は現実にあった事件を元ネタにしており、モデルになった殺人犯「BTKキラー」ことデニス・レイダーについてはここが参考になるでしょう。

ビッグ・ドライバー (文春文庫)

ビッグ・ドライバー (文春文庫)

1922 (文春文庫)

1922 (文春文庫)