オレと山、山とオレ〜『久住昌之のこんどは山かい!? 関東編』

久住昌之のこんどは山かい!? 関東編 / 久住昌之

久住昌之のこんどは山かい!? 関東編
行動半径ということであればこれはもう選択の余地も無いほどに甚だしくインドア派極まりないオレである。だいたいインドア"派"などと”派”を付けるのもおこがましいぐらいインドアまみれ、インドア尽くし、インドア地獄、インドア一直線なオレなのである。なにしろお外が嫌いなのである。お外は疲れるのである。お外には怖いものが待ち構えているのである。お外はシャイでナイーブなオレの心(ハートとお読みください)を傷つけるのである。とはいえ、そんなインドア三昧ばかりし続けると人間煮詰まってくる。頭と体に悪い気が溜まってくるのである。なんかちょっとどんよりしてくるのである。お家にいすぎて気持ち悪くなってくるのである。それなので気晴らしに表に出る。すなわち、オレにとって表に出るという行為はインドアライフを存続させるためのガス抜きなのである。
最初は外に出て、映画を観に行ったり買い物したりしているぐらいだった。そのうち相方さんと付き合うようになり、「おおこれはデートスポットなる未知の世界に足を踏み入れるいい機会じゃ」とばかりあちこち出掛けるようになった。今まで知らなかったそういう世界を体験してみたかったのである。それに相方さんもいつもお家と映画館ばかりじゃつまらなかろう。ハイキングや旅行もしてみようじゃないか。そういう訳で、そんなに多くはないが、観光したり自然に触れ合ってみたりなんかしちゃったりし始めたオレだったのさ。
それでだ。どこに行く?となるとなにしろ思いつかない。もともとオレは車の運転しないし、切符買って電車の移動というただそれだけのことが敷居が高い。でもグダグダ言ってもしょうがないのでガイドブックみたいのを買ってきて眺める。でもなんか、観光地観光地した場所というのは、長年インドアの牙城を守ってきたオレにとってチャラ臭いのである。まあそういう場所も行ってみれば面白かったりするんだが、観光地なんかよりも自然に親しもうじゃないか。空気いいし。少なくともオレの部屋よりはな!というわけで、じゃあ海辺か内陸かという話になる。そうするとオレは迷うことなく内陸!ということになるのである。それは、オレが辺鄙な漁港の町の生まれなもんだから、海なんてゲロ吐くほど見ているからである。それよりも内陸である。土と植物である。そして内陸となると、これが山、となるわけである。
そんなに多くは行ってないが、これまで相方さんとハイキングやら小旅行やらで出掛けたのは、殆どが山である。いや、山登りするような山じゃなくて、普通の街着と運動靴で歩けるような、いわゆる「低山登山」「低山ハイキング」なんである。
山はいい。なにしろ目的地がある。基本的にはてっぺんである。てっぺんじゃなくともだいたいが一周ぐるりのコースがある。ポイントポイントでなにがしかの見所がある。目的があり寄るポイントがあればそれをこなしてゆく達成感がある。昇って降りて終了の起承転結がある。それに比べて海はどうだ。ただだらだらと広いだけじゃないか。海は広いな大きいなで終わりじゃないか。海は茫漠としすぎなのである。ポイントがないのである。それに海、と言っても泳いだりなんだりしない以上、それは海に行くのではなく厳密には海岸に行く、なのである。それに海水って、濡れるじゃないか!濡れると冷たいじゃないか!砂浜は砂が靴に入って気持ち悪いじゃないか!そういう訳で、オレにとって、海は選択肢の中に入らないのである。
そんな訳で出掛けるとなると大概山方面を目指すオレなのだが、一緒に行く相方さんは体力がそんなにないほうなので、山と聞くと「またですか…」と一瞬顔を曇らせるのである。「またひたすら歩いてひたすら登るのですか…」とちょっとだけ嫌な顔をするのである。そんな相方さんを「いや、今回山じゃないし、登ったりしないし」と上手く丸め込め、現地についてみたらやっぱりなにがしかの場所を登ることになり、どうにもこうにも納得できない顔をしてゼイハア言いながらオレの後ろを付いてくる相方さんである。でもそんな相方さんも、苦労を重ねて見晴らしのいい場所に辿り着いた時に、晴れやかな顔を見せるのである。きっと彼女も楽しんでいる筈なのである。きっと多分。まあ最近、「ええと、今度の休み、山行きたいんだけど…」と話を振ると返事をしない相方さんなんだが…。
久住昌之のこんどは山かい!? 関東編」は、オレと同じく山に全然興味が無く関わりもなかった久住昌之さんが、編集さんに言いくるめられて関東近辺のあちこちの山で低山登山を体験するというエッセイだ。久住さんはただ山なだけなら全然興味を惹かれなかっただろうが、山登り後に現地のメシ屋で美味い酒と美味い食いもんにありつける、と聞かされてついつい山登りをしちゃうのである。そしていわゆる素人向け登山らしく、なにしろ低地で、しかもだいたいは頂上近くまで車で行けるだけ行ってあとは降りてくるだけ、そして待つのは美味い酒と食いもの、それと温泉、という実にお気楽な登山をしてくるのである。
これは読んでいて楽しかった。「山に興味の無い人間が行く山」というコンセプトと「その近所の美味しい店」というのがそそった。そして山に興味が無かった久住さんも、やっぱり景勝地に辿り着くと「こりゃええもんじゃ」と眼福にあずかるのである。しかもエッセイはどこも関東近辺で、オレでもちょっとその気になれば足を延ばせそうなところばかりだ。これはいい本を見つけてしまった。というわけでいまオレはこの本をガイドブックに相方さんをまたしても山へと連れてゆく魂胆なのである。まあ、この間ちょっとだけほのめかせたらやっぱり生返事だったが…。行ったらきっと楽しいよ、相方さん?

久住昌之のこんどは山かい!? 関東編

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