残酷な運命を乗り越えるために〜映画『シュガー・ラッシュ』

シュガー・ラッシュ (監督:リッチ・ムーア 2013年アメリカ映画)

I.

ゲーム好きを公言している自分ではありますが、実は自分がゲームを始めたのはスーパー・ファミコンになってからで、その後もっとリアルなゲームがやりたい、という理由でPCゲームに移ったんですよね。コンシューマー機に関してもSFC以降のものはだいたい購入していましたが、ことファミコンに関しては「かつての名作と呼ばれていたRPGをプレイしてみる」程度にしか触っていなかったりします。だからいわゆる8ビット・ゲーム、「インベーダー」や「パックマン」、そしてファミコン第一世代を代表するようなゲームはきちんやってないし、思い入れも特にないんですよ。スーパーマリオソニックも、きちんとやってなかったりしています。どうもゲームのゲーム性それ自体よりも、ゲームが創出するグラフィック・パワーのほうに目を奪われたほうなんですよね。そんなわけですから、"レゲー”と呼ばれるレトロ・ゲームを懐かしそうに、あるいは熱く語る人や文章などに出会っても、その思いが共感できないことがちょっと歯痒かったり悔しかったりするんですよね。
ディズニー・アニメ『シュガー・ラッシュ』は、そんな古いゲームの悪役であるラルフが、「悪役ばっかり続けるのはもう嫌だ!主人公みたいにメダルを貰ってみんなから認められたい!」とばかりに自分のゲーム「フィックス・イット・フェリックス」を脱走し、最新タイプのSFシューティング・ゲーム「ヒーローズ・デューティ」に忍び込んでメダルをかっさらう所から始まります。舞台はゲーム・センターなんですが、実はゲーム筐体の登場人物たちはゲーム・センター終業後、それぞれの役割から解放され各々自由に過ごしているという別の電脳世界が存在していたんですね。メダルを取ったラルフはお菓子の世界のレース・ゲーム「シュガー・ラッシュ」に迷い込み、そこで不思議なゲーム・キャラ少女ヴェネロペと出会い、メダルを盗られてしまいます。ラルフはヴェネロペを追いますが、彼は「シュガー・ラッシュ」世界に「ヒーローズ・デューティ」の恐ろしいモンスター、サイ・バグを持ち込んでしまったことに気づいておらず、「シュガー・ラッシュ」には次第に暗い影が立ち込めはじめ…というお話です。

II.

いやもう、有名無名ありとあらゆるゲーム・キャラが総出演し、ゲームに関する様々な小ネタが飛び交い、そんなゲーム世界でゲーム・キャラがそれこそ"生きている"かのように活躍するこの『シュガー・ラッシュ』、その舞台設定だけでもはや感無量でありました。しかしこの映画はゲーム・ファンだけが楽しめる映画だという訳では決してありません。ゲーム・キャラがそれぞれ意志を持ち、それぞれの世界で生きている、という設定のこの物語、SF的に言うなら「A.I.=自己制御能力を持った人工知能たちの電脳世界における冒険の物語」という見方もできるんですよ。だからある意味、よく引き合いに出される『トイ・ストーリー』的なファンタジーというよりも、実は『トロン』に世界観の近い物語だと言えるんですよね。だからかなりざっくりしている上に絵空事ではありますが、この世界にはプログラムの概念があり、そしてプログラムであることによる効果的な演出や物語展開が存在しているんですよ。だからこの映画、『トイ・ストーリー』ならぬ『A.I.ストーリー』と呼ぶこともできるんですね。
それともうひとつ面白いのは、ここで登場する「フィックス・イット・フェリックス」「ヒーローズ・デューティ」「シュガー・ラッシュ」というゲームには当然ながらそれぞれの世界で異なるゲーム・ルールがあり世界観があり、当然それぞれの登場人物たちはそれぞれの世界における得意分野、というか彼らのゲーム世界における特技や特徴を持っているのですが、それら登場人物たちが一堂に会する「シュガー・ラッシュ」世界で、それぞれの登場人物たちが各々の特技を生かすことにより、様々な難問や危機を脱して行く、という部分にシナリオの秀逸さを感じましたね。例えばラルフはなんでも壊す怪力だけが特徴だし、ラルフのいる「フィックス・イット・フェリックス」の主人公フェリックスはなんでも治してしまう、という特技を持っていますが、これらは彼らのゲーム世界のいわば"ゲーム・ルール"であり世界観なんですね。しかし彼らのゲーム内ではあたりまえのことだった特技が、一歩他のゲーム世界に入った時に、それがあたかも魔法のような超常的なパワーともいえるようなものになっているんですね。

III.

そういった独特な世界観と設定以上に、この映画は一見楽しげでキラキラとした見た目とは裏腹の、「外れ者同士が自らの残酷な運命を乗り越え、もう一度自分を取り戻す再生の物語」として完成している部分で秀逸さを際立たせています。主人公ラルフは30年もゲーム世界で「やられ役」を演じる、ということへの虚無感と徒労感を抱えたキャラクターです。そしてラルフが出会う少女ヴェネロペは欠陥プログラムとして彼女の世界で忌み嫌われ、その存在すら認められていません。さらに彼女が存在することそれ自体が、「シュガー・ラッシュ」世界を破壊へと導くとさえ言われているのです。しかも、プログラム世界であるという設定の中では、彼らは自分らの運命を変える事すらできないのです。即ち、彼らの全ての行動の根源には、実は絶望と悲しみが存在しているのです。そんな、決して変えられない運命=プログラムの中で、どうやって自分自身であり続ける事が出来るのか、そして、運命は決して変える事が出来ないのか。映画『シュガー・ラッシュ』は、ファンシーでポップな映像の陰に、そういったシリアスなテーマを孕んだ物語として進行し、そして誰もが胸を熱くさせるであろうクライマックスを迎えるのです。これは大傑作と言っていいでしょう。ゲーム好きの方も、そうではない方も是非ご覧になってほしいですね。

シュガー・ラッシュ オリジナル・サウンドトラック

シュガー・ラッシュ オリジナル・サウンドトラック

シュガー・ラッシュ (ディズニーアニメ小説版)

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