君よ憤怒の荒野を渡れ〜映画『ジャンゴ 繋がれざる者』

ジャンゴ 繋がれざる者 (監督:クエンティン・タランティーノ 2012年アメリカ映画)


『ちゃんこ しこ踏みし者』…それは形見のまわしを奪われた力士の復讐劇!
繰り出される張り手!ほとばしるぶちかまし!炸裂する突っ張り!問答無用の足払い!
宙を舞う清め塩!血に染まる大銀杏!行司無き無法の土俵で今日もアイツが四股を踏む!
さあ今日も帰ったらちゃんこ鍋だ!ごっつぁんです!

I.

…というわけでどうでもいい冗談など交えながらクエンティン・タランティーノの新作『ジャンゴ 繋がれざる者』である(あと『にゃんこ 尻尾ぺたし者』とか『ギャンゴ ウルトラ怪獣』とか考えたんだけどこれ以上顰蹙かっても困るので自粛した)。奴隷制が未だ残る1800年代アメリカ、ドイツ人懸賞稼ぎキング・シュルツに救い出された黒人奴隷ジャンゴがシュルツと共に賞金稼ぎの旅を経て、ミシシッピのとある荘園を牛耳るカルヴィン・J・キャンディの元で奴隷となっている妻ブルームヒルダを救おうと決死の戦いを挑むという物語である。しかしそこでは狡猾な黒人執事スティーヴンが彼らの計画を阻もうとしていた…。
QTの西部劇!という触れ込みだったこの物語、西部劇としての要素はふんだんに盛り込まれつつ、その西部劇の物語を通しながらアメリカ奴隷制の悲惨さを浮き彫りにしようとする試みが十二分になされている。QTの前作『イングロリアス・バスターズ』が連合軍特殊秘密部隊によるナチス・ドイツ潰しを通じてホロコーストの悲惨さを描いたように、この『ジャンゴ 繋がれざる者』では痛快西部劇の皮を被りながらもアメリカの暗い歴史の一面を抉りだそうとしているのだ。ここでは黒人奴隷への様々な暴虐と冷徹な隷属が描かれ、血飛沫飛び肉片舞い散るQTらしい銃撃戦の醍醐味とは別に陰惨極まりない虐待の描写を目の当たりにすることになる。

II.

登場人物たちもそれぞれ一筋縄ではいかぬ個性的な性格を与えられていて楽しい。クリストフ・ヴァルツ演じるキング・シュルツはヨーロッパ人であるということからか奴隷制には否定的であり、黒人たちには何の偏見も持たない。彼の性格は知的でありながらどこか掴み所が無い。彼のようなコスモポリタンが実際に西武開拓時代に存在していたのかどうか興味深い。ジェイミー・フォックス演じるジャンゴはもはや憤怒の化身といったところだろう。妻を救うために鬼神と化した彼が繰り出すガン・アクションが凄まじい!ケリー・ワシントン演じるジャンゴの囚われの妻ブルームヒルダは言ってみれば「城の上に幽閉されたお姫様」だろう。単純化されたキャラクターであるとはいえ、ワーグナーのオペラ「ニーベルングの指輪」から採られたというその名前はこの物語に象徴的な意味合いをもたらしている。
一方レオナルド・ディカプリオ演じるカルヴィン・J・キャンディは冷酷非道の極悪人のように描こうとしたのかもしれないが、むしろ自分の立場に無反省なその当時はどこにでもいたであろう俗物であろうと感じた。実の所彼は「悪」を成していない。彼の行為は当時"当たり前"のことであった。だからこそその"当たり前のこととして成される非道"がうすら寒い嫌悪感を感じさせるのだ。最も曲者なのはサミュエル・L・ジャクソン演じる黒人執事スティーヴンだ。彼は奴隷でありながらもその立場から他の奴隷たちを自らの奴隷の如く扱う。彼は狡猾であると同時に卑屈極まりない。以前南米の奴隷史をざっくり調べたことがあるが、白人が黒人奴隷に対するよりも黒人奴隷監督官が同人種であるはずの黒人奴隷に対してより嗜虐的な行為を行っていたのだという。この物語の中でスティーヴンの持つ闇が最も深い。

III.

黒人奴隷復讐劇として描かれるこの物語、出てくるザコの白人どもが皆揃いも揃ってレッドネック丸出しの無知無教養で薄汚く下品極まりない糞野郎糞女ばかりである、という描き方が面白い。見渡してみればこの映画にまともな「アメリカ白人」は一人として登場しない。これは考えてみると凄まじいことだ。だからこそのブラック・スプロイテーション映画ということも出来るけれども、アメリカ人の撮ったアメリカ資本の映画でこういった描写が成立する、そしてそんな映画がアメリカ国内で大成功を収める、それ自体でこの映画は既に画期的なのではないか。QTがこの映画で成そうとしていたことの意気込みと覚悟が伝わってくるようだ。そしてそこまで情け容赦なく描かなければアメリカの闇の歴史は描き切れない、それと同時に、娯楽映画作品として贔屓や曖昧さの無い屹立した面白さは出し切れない、QTはそのように考えたのだろう。そんなQTの采配がなにより素晴らしい。
作品の完成度として観るなら設定や一部のストーリーの流れに無理が無いこともない。ジャンゴがなぜあれほどまでに百発百中の銃の腕なのか、ジャンゴとシュルツのキャンデイ荘園潜入作戦は策を弄し過ぎた挙句の無意味なものだったのではないか、キャンディが握手にあれほどまでに固執したのはなぜか。しかしガン・アクションの壮絶さとは別にQTならではの陰謀術策乱れ飛ぶ腹の読み合い探り合いがQT映画らしい安定の緊張感を醸し出す。前作『イングロリアス・バスターズ』との3部作になるとも伝えられるこの映画、第2次世界大戦という背景とホロコーストという重すぎるテーマだった前作に比べ、同じ重すぎるテーマにせよ、西部劇というジャンル映画の気安さがその重さを上手にコーティングしている。そして黒人奴隷制の暗部を抉りながらも、その基本にあるのは虐げられた者の復讐、そして愛する者を救うという物語であるといった点で、普遍的な共感をもたらすエンターティメント・アクションとしても完成しているのだ。待った甲斐のある、実に痛快な傑作映画だった。

ジャンゴ 繋がれざる者~オリジナル・サウンドトラック

ジャンゴ 繋がれざる者~オリジナル・サウンドトラック

Django Unchained

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