『ムーンライズ・キングダム』はもうひとつの『非現実の王国』だった

ムーンライズ・キングダム (監督:ウェス・アンダーソン 2012年アメリカ映画)


1960年代のニューイングランド島という小さな島を舞台に、ボーイスカウトの少年と孤独な少女が駆け落ちしちゃって大騒ぎ、というロマンチック・コメディです。
監督は『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』『ファンタスティック Mr.FOX』のウェス・アンダーソン。冒頭から60年代のレトロな雰囲気、ドールハウスのようなセット、箱庭のようなロケーション、パステルトーンの可愛らしい小道具、升目を移動するように正面と横移動しかしないカメラワークなど、計算されつくされ凝りまくった映像で遊び心満タンであること見せびらかしちゃってくれるウェス・アンダーソン監督であります。そしてお話はというと少年と少女が喧々諤々の大人たちを振り切って、二人っきりの恋の逃避行、ちょっぴり毒はあるけれど、基本的に可愛らしくってしょうがない!という映画に仕上がってるんですな。おまけにキャストがブルース・ウィリスビル・マーレイエドワード・ノートンティルダ・スウィントンと、もうそうそうたる顔ぶれ。ウェス・アンダーソン監督のモテモテ振りがうかがえます。
ただまあシャレオツな映像をこれでもかこれでもかと見せられるとなんとなくヘソのひとつも曲げたくなるのはオレの悪い癖であります。同じく趣味性の高いマニアックなガジェットを並べた映像の得意なジャン=ピエール・ジュネあたりと比べるとどうもドヤ顔振りが鼻につくんです。まあよく出来てるからいいんだけどさあ。なんか「どうこれ凄いでしょ?イケてるでしょ?」といちいち同意を求められているような気がしちゃってさあ。それとやっぱり、ゲームの駒みたいに動かされる登場人物たちに血肉の存在を感じない、というか人間らしい感情をあまり感じられないんですよ。登場人物がみんな、凝りまくった映像の一つの要素みたいな役割しか与えられていないんですよ。だから恋の物語であるにもかかわらず、映像の遊びばかりが目立ってしまい、なんかこう「キュン」と来るものが足りないんですよ。
しかし逆に、生々しさのかけらもない少年少女の恋物語だからこそ、徹底的な絵空事のファンタジーとして楽しむことが可能なのかもしれません。こういった物語だと、たとえハッピーエンドになったとしても「でもこれから大人になったこの二人はどうなっちゃうのかな?」と思わせるものがあるのですが、それは物語を現実のもののように捉えているからで、この『ムーンライズ・キングダム』では、そんな心配が一切湧かないんですよ。それはこの物語がひとつのファンタジーとしてこの映画の中だけで完結したものだからで、だから物語の中の少年少女はこの映画の中で輝かしい青春の季節を永遠に生き続けるように見えるんです。
映画のタイトル『ムーンライズ・キングダム』は「月の昇る王国」という意味ですが、月とは陰陽でいう陰であることを考えると、これは現実世界とはかけ離れたもう一つの王国、ということが言えるんじゃないのかと思います。アウトサイダー・アートで有名なヘンリー・ダーガーに『非現実の王国で』という長大な作品がありますが、これは半陰陽の少女、すなわち性的に未分化の少女たちが主人公となった絵巻物作品なんですね。性的に未分化であるということはまだ成長していない、または成長の止まった存在である、ということを考えるなら、この『ムーンライズ・キングダム』もまた少年少女たちが決して大人にならない、もう一つの『非現実の王国』であるということができないでしょうか。つまり映画『ムーンライズ・キングダム』は、ピーター・パンのような、永遠に時の止まった少年少女たちの遊ぶ物語であるといえるのかもしれません。

ザ・ロイヤル・テネンバウムズ [DVD]

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ファンタスティックMr.FOX [Blu-ray]

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ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で

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ピーター・パン (岩波少年文庫)

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