ホモセクシャルなスターリンと超能力を持つヒトラーがお手々繋いでヨーロッパを支配する世界を描いたSF奇想小説『青い脂』!!

■青い脂 / ウラジーミル・ソローキン

青い脂
始まりは2068年の未来、雪深きシベリアの遺伝子研究所なのだ。この研究所ではトルストイだのドフトエフスキーだのチェーホフだの、ロシアの歴史的文学者の醜く変形したクローンを使役して、"これ"らが文学作品を創作するときに分泌される【青い脂】なる物質を掻き集めることを目的としていたのだ。【青い脂】とは何か?それは「ゼロ・エントロピー物質」と説明され、究極戦争兵器のエネルギー源として使う事が出来るとされているが、実は物語の最後まで何がなんだかよく分からないのだ。そしてこの【青い脂】が見事抽出されたその時、突如研究所を「ロシア大地交合者教団」なる集団が襲い研究所員は皆殺し、【青い脂】は教団の本拠地へと持ち去られるのだ。この「ロシア大地交合者教団」というのは、文字通りロシアの大地と性行する、つまりチンコを地面にぶっ刺し真理を見出すことを教義とする教団なのだ。なんか映画『グレート・ハンティング』にそんなのがあったね。教団はこの【青い脂】を使者に託しタイムマシンを使って20世紀の過去へ飛ぶ。教団使者が到着した20世紀の世界――そこはホモセクシャルスターリンと超能力を操るヒトラーがヨーロッパを二分し、ロンドンには原爆のキノコ雲があがり、アメリカはユダヤ人の大量虐殺に精を出している、あまりにも狂ったおぞましい世界だったのだ…。
ちょっと前に一部で相当話題になっていたSF変態奇想実験小説、ロシア作家ウラジーミル・ソローキンの『青い脂』を読んだ。まあ噂に違わぬハチャメチャぶりでしたね。まず物語冒頭に奔出する造語・合成語・中国を中心とした多国籍チャンポン語の応酬で読者はいきなり煙に巻かれまくる!その後読まされるのは文学者クローンの創作した「ロシア文学者形態模写SF変態文学」だ!要するにトルストイだのドフトエフスキーだのチェーホフだのの文体そっくりな短編作品が登場するのだが、これらは作品途中から・または最初からグズグズと下品で薄気味悪いお話へと解体され、やはり何がなんだか分からないうちに突然終わる!そして並行世界の20世紀ロシアへと移行してからは、全体主義国家ロシア元首にして残忍な暴君、スターリンが主人公となり、さらにロシアに実在したありとあらゆる政治家・芸術家・その他有名人が登場し、スターリンのまわりで狂った舞踏曲を踊るが如く怪しく蠢くのだ。スターリンに顔面パンチ食らうトルストイとか笑えますよ。そしてこのスターリン麻薬中毒なだけではなく共産党第一書記フルシチョフとホモ関係であり、このスターリンとフルシチョフの濃厚かつドロドロのベッドシーンはこの物語中盤のハイライトになってますね!さて【青い脂】を手にドイツ領へと向かったスターリンを待つのがロン毛で長身、両の手から魔法の光を発することのできるもう一人のヨーロッパ支配者ヒトラーだ。ヒトラーさんはスターリンとの晩餐会の途中、スターリンの娘を父親公認でレイプしちゃうナイスガイだ。そして物語は【青い脂】の真の力を炸裂させるクライマックスへと向かうのだが、勿論ラストまできっちり訳の分からない滅茶苦茶の限りを尽くしてくれるのは言うまでもない。
一読して思ったのは縦横に溢れ返った才気を持つ小説作家が、その文学的経験値でもって「ロックンロールしようぜ!」とばかり己がルーツであるロシアとロシア文学を卓袱台の如く引っ繰り返し、その引っ繰り返された食材を自在なカンバスの上で想像力と妄想力で並べ直し、嘲笑と下ネタの毒々しくイカ臭い絵の具で塗りたくり、俗なサイエンスフィクションのフレーバーをタバスコのようにぶっかけて、アナーキーで挑発的なシュールレアリズム絵画をドカーンと描きあげましたあ!といったアバンギャルド小説だ、ということだ。なぜこんなにハチャメチャかつ奇想天外なのか?それはもう想像力の血潮が滾り莫迦な事がやりたくてどうしようもないからだ。文学で莫迦な事をしたい、それも文学を使って、これに尽きる作品なのだ。体よくまとめたり緻密に構成したりなんてしゃらクセエ!ロシアはさみいんだよ!ウォッカ飲ませやがれ!そういう作者の魂の叫びが聞こえ…てくるわけではないが、例えば膨大なエクスプロイテーション映画の知識を総動員してそれらを濃厚抽出し刺激的な娯楽映画を再構築してみせたクエンティン・タランティーノなんかが意外と似ているかもしれない。タランティーノが「2001年宇宙の旅」をリメイクしたらこんな作品になったかもね。もうちょっと書いてみると20世紀初頭にロシアで花開いたロシアン・アバンギャルドと呼ばれる芸術運動が、スターリンの政治的弾圧で終息を迎えさせられたという経緯があるのだけれども、そのスターリンを主人公にしておちょくりまくった物語を描くことにより、この21世紀に再び新たなロシアン・アバンギャルドを呼び戻そうとした、そういった野望を込めた物語である、と勝手に解釈してもいい。思い付きだけど。

青い脂

青い脂