最近読んだ本 / 時間はだれも待ってくれない 21世紀東欧SF・ファンタチスカ傑作選

時間はだれも待ってくれない

二十一世紀に入ってからの東欧SF・ファンタスチカの精華、十か国十二作品を、新進を含む各国語の専門家が精選して訳出した日本オリジナル編集による傑作集。

東欧SFアンソロジーというのはこれまでもいくつか書籍化されているが、この『時間はだれも待ってくれない』はいわゆる”ゼロ年代”に書かれた作品こだわって編集されている。東欧SF歴代名作、というのではなく、あくまでも新しい作品に注目してみようという試みなわけだ。さらにもうひとつのこだわりは、重訳を廃しオリジナル言語から訳出する、ということだ。どういうことかというと東欧諸国で出版された作品は、これまで英語圏で英訳されたものを、さらに日本で日本語訳する、という「重訳」が多々あったが、このアンソロジーではオリジナル言語からそれらの言語のエクスパートが直接日本語訳しているのだ。こういう細かいこだわりから一人の編者・翻訳者としての熱意が十二分に伝わってくるアンソロジーとなっており、その熱意は個々の作品冒頭に編者が書く紹介文からも読み取ることが出来る。
さて作品の内容は、副題「SF・ファンタチスカ傑作選」からもうかがえるように、作品の割合としてはSFよりもファンタチスカ、いうなればヨーロッパ風幻想小説作品が多目ということが出来るだろう。全体的な雰囲気としては、かつてソビエト連邦の政治的支配下にあったヨーロッパ東欧諸国の持つ閉塞感、連綿と続く歴史性がもたらす重圧感、多民族性が生み出すパラノイアックな文化性、そしてヨーロッパ中部の鬱蒼とした自然がもたらす”メルヒェン”とでも呼ぶべき幻想性だろうか。これらの特色はアメリカを代表とする西側諸国のSF・ファンタジー作品とは非常に別個の味わいを醸し出し、それを味わうのがこのアンソロジーの醍醐味ということが出来るだろう。
個々の作品の紹介はしないが、最も面白かったのはアンゲラ&カールハインツ・シュタインミュラー作『労働者階級の手にあるインターネット』。一種のパラレル・ワールドものだが、東欧革命後の元東ドイツの研究者が、東欧革命の存在しなかった世界の自分自身からメールを受け取る、という物語で、これなどは今も亡霊の如く存在するワルシャワ条約機構下の社会体制への恐怖が黒々とにじみ出ていて戦慄させられた。

時間はだれも待ってくれない

時間はだれも待ってくれない