メビウスのもうひとつの顔、ジャン・ジローによる痛快西部劇『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』

■ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊 / ジャン=ミシェル・シャルリエ、ジャン・ジロー=メビウス

ブルーベリー [黄金の銃弾と亡霊]
メビウスが亡くなったとき、フランスでは二人の作家が亡くなった、と報道されたという。一人はメビウス、もう一人は、メビウスの本名でありもう一つのペンネームであるジャン・ジローである。もともとメビウスジャン・ジローがSF・ファンタジー作品を描く時のペンネームだったというが、個人的にはこのメビウス名義の作品のほうが馴染みが深く、ジャン・ジロー作品には触れたことが無かった。そして今回、ジャン・ジロー名義で描かれた*1代表作『ブルーベリー』の日本語翻訳版が出ると聞き、早速手に取ってみたというわけだ。
『ブルーベリー』はジャン=ミシェル・シャルリエ原作、ジャン・ジロー作画で1963年から40年余り描き続けられてきた既刊全28巻にのぼる西部劇コミックだ。主人公は荒くれ者のアメリカ軍騎兵隊中尉マイク・スティーヴ・ドノヴァン、通称ブルーベリー。この彼が開拓時代のアメリカ西部を舞台に様々な冒険を繰り広げてゆく、というストーリーになっている。今回刊行された『ブルーベリー [黄金の銃弾と亡霊]』は28巻ある単行本の中から3巻分、「彷徨えるドイツ人の金鉱」と「黄金の銃弾と亡霊」という2作連続のストーリー、そして「アリゾナ・ラブ」というタイトルの作品が収録されている。
実は正直に言うと西部劇、というのは苦手なジャンルで、割と映画はよく観るほうのオレだが、西部劇映画で特にお気に入りというのは無かったりする。どうもその男臭さ、泥臭さ、小汚なさ、というのが苦手なようなのだ。ホドロフスキーの『エル・トポ』は大好きな映画だが、あれは西部劇と一括りにできる映画なのかどうかは分からない。そんなオレだったので、このジャン・ジローの西部劇コミックが面白く読めるかどうかが不安だったが、確かに冒頭は西部劇特有の荒っぽい展開に怖気づいたものの、読み進めるうちにその抜群のストーリーテリングにぐいぐい引き込まれてしまい、目を離せなくなっていった。
最初の2作、「彷徨えるドイツ人の金鉱」と「黄金の銃弾と亡霊」は大雑把に物語を説明するとこんな物語だ。西部のある場所に眠る膨大な金鉱の在りかを知っている、とうそぶく山師と、それを追う殺し屋、山師に恨みを持つ男たちの暴虐、彼らに正義の鉄拳を振るう保安官ブルーベリーと、金鉱に目が眩みブルーベリーを裏切る保安官補佐、などなどが虚虚実実の駆け引きを繰り広げ、金鉱の眠るという荒地へと我先に馬を走らせる。しかしそこは血に飢えたアパッチの闊歩する場所であり、人の侵入を許さぬ厳しい自然が行く手を阻む土地であり、さらに、金鉱があるという岩山には亡霊の恐ろしげな呻き声が響き渡るのだ。そんな場所でブルーベリーとならず者たちが死を掛けた戦いを繰り広げる、というのがこの物語なのだ。冒頭から巻き起こる危機また危機の連続に息をつく間もなく物語は進んでゆく。謎が謎を呼び、一歩先には常に死が待ち構え、先の読めないストーリーはページを繰るのさえもどかしくなる。その恐るべき内容の濃さは一級のエンターティメント作品だということが出来るだろう。そしてジャン・ジローの卓越したグラフィックは、ページの隙間から男たちの汗の饐えた臭いが漂い、もうもうたる砂埃が舞い込み、灼熱の太陽の殺人的な日差しが本を読む自分にまで差し込んでいるようにすら感じさせるリアリティに満ちているのだ。そしてなにしろ、登場する男たちが、みんないかがわしい、癖のある顔つきをしているのがいい。
収録3作目の「アリゾナ・ラブ」は、かつてブルーベリーが愛した女チワワ・パールの結婚式にブルーベリーが乱入し、彼女を略奪してゆくところから始まる。いけすかない大金持ちとの結婚など彼女には不本意だった筈に違いない、と踏んでいたブルーベリーであったが、なんとその彼女は金持ちと結婚して豊かな生活をすることを望んでいて、将来を牧童として過ごす夢を持つブルーベリーなんぞは論外だ、などと大喧嘩、挙句にブルーベリーに銃を向け、彼の持っていた大量の現ナマを奪い去って一人砂漠の彼方へと消えてゆくのだ。この手に負えないじゃじゃ馬娘を追って、ブルーベリーと、ブルーベリーへの復讐に狂った大金持ちとの追跡劇がはじまる、という仕組みだ。今作では、最初の2作には殆ど登場しなかった女性登場人物の存在が大きく花を添え、その乱暴で気性の荒いじゃじゃ馬ぶり、金には汚いがどこか憎めない性格が物語を非常に魅力的なものにしている。そしてなにより気付かされるのが、最初の2作と比べ、グラフィックの質が格段に洗練されてきているということだ。確かに「彷徨えるドイツ人の金鉱」と「黄金の銃弾と亡霊」は、凄まじい描き込み量と正確無比なデッサン力に唸らされるものがあったが、描線は黒々としてダイナミックなものであり、メビウスとして知っている描線とは少々かけ離れたものがあった。しかしこの「アリゾナ・ラブ」ではよく見知ったメビウスの描線を見ることができ、さらにSF・ファンタジー路線のグラフィックよりも情報力が多く、つまりはメビウスでありつつも実にリアルな描線なのだ。西部の町の描写力の凄まじさなどは思わず見入ってしまった。
そんなわけでジャン・ジローの『ブルーベリー 黄金の銃弾と亡霊』、メビウス好きにはえもいわれぬ格別の作品として楽しむことが出来る作品集となっていることは確実である。
 

ブルーベリー [黄金の銃弾と亡霊]

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*1:正確には西部劇を描くときは「ジル」というペンネームだったらしい。まあメビウスではないもう一人のジャン・ジロー、みたいなニュアンスを汲み取っていただきたい