グロテスクにグローバル化された未来〜『ねじまき少女』のパオロ・バチガルピによる短編集『第六ポンプ』

■第六ポンプ / パオロ・バチガルピ

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

第六ポンプ (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

化学物質の摂取過剰のため、出生率の低下と痴呆化が進行したニューヨーク。市の下水ポンプ施設の職員である主人公の視点から、あり得べき近未来社会を描いたローカス賞受賞の表題作。石油資源が枯渇し、穀物と筋肉がエネルギー源となっているアメリカを舞台に、『ねじまき少女』と同設定で描くスタージョン記念賞受賞作「カロリーマン」。身体を楽器のフルートのように改変された二人の少女を描く「フルーテッド・ガールズ」ほか、本邦初訳5篇を含む全10篇を収録。ヒューゴー賞ネビュラ賞ローカス賞受賞の『ねじまき少女』で一躍SF界の寵児となった著者の第一短篇集。

パオロ・バチガルピの近未来SF『ねじまき少女』は本当に面白く読ませていただきました。石油資源がお終いになり農作物はバイオ事故で全部ダメになり、やっぱりバイオ事故による新種の疫病で人間もどんどん死んでゆき、暴動ばかり起こってメチャクチャになったジリ貧状態の近未来社会が、ねじまき動力とバイオ・テクノロジーで青色吐息ながらなんとかはいつくばって生き延びている、という世界観、最高でございました。世界は殆どボロボロなんですが、かと言って簡単に絶望だ終末だ虚無だと言わない、どん底だけど石に噛り付いてるみたいに生きている、そしてそれが、欧米白人大国ではなくアジアの貧しい国を舞台にして語られる、そのね、いわゆるキリスト教圏の連中が陥り易いいかにも黙示録的な終末観から綺麗に逸脱しつつ遥かに身軽な「瀕死の未来」を描いている、そしてその瀕死の未来でさえ「取りあえず命のあったもんの勝ち」みたいなバイタリティが存在する、それがアジアの国タイを舞台にした強みなんじゃないかと思ったんですね。そのバチガルビの短編集が出る、というのですからこりゃあ読まなきゃ始まりません。しかも『ねじまき少女』と同じ世界観の短編も幾つかあるというじゃありませんか。これは楽しみだよね。

そんなわけでザックリ内容を紹介してみると、まず「ポケットの中の法(ダルマ)」、これがサイバーパンクしていて実に格好いい、それと同時にバチガルビらしいバイオ・テクノロジーのグジョグジョした生成物が描かれていてこれがまたグロくていい、いやあ初っ端から読ませるじゃないですか。お次が「フルーテッド・ガールズ」、これがタイトル通り人体フルートに改造された姉妹のお話なんですが、もうそっから既にバイオがグジョグジョのグロさを堪能できる、やっぱりバチカルビはこの「バイオグジョグジョグロ」が持ち味なんだねえと改めて確認できますね、そしてこれ、白人社会が舞台なだけに物語展開が冷たい、やっぱりこんなふうに、物事を対処する上での人種による温度差はあると思うなあ。「砂と灰の人々」はバチガルビのこの「バイオグジョグジョグロ」をコミック的に展開した物語で、バイオ技術でどんな怪我をしても死ななくなり自分の人体の扱いもぞんざいになった人類が、ごく普通の犬を見つけて「こ、これどうすんの?」と狼狽するというお話。これ、肉体性を通じた他の生命への共感というのが肉体性が曖昧になった途端共感できなくなる、というお話ですね、つまり人は自分の肉体も生命も脆いものだから、やはり脆い他の生命を愛おしむ、ということなんではないかと。「パショ」は全地球的に文明が崩壊して生き残った人類は部族社会に分離されていて、で、その部族同士でかつて存在したテクノロジーをどうするのか、という意見の食い違いがある、といった世界のお話。未来の部族社会の描写がイメージし難くてちょっと食いつきが悪い物語でありました。
続いて「カロリーマン」、来ましたよ『ねじまき少女』のサイドストーリー。この作品ではタイではなくアメリカのニューオーリンズを舞台にしている。で、『ねじまき少女』でも出てきた"カロリー企業"と呼ばれる穀物遺伝子独占企業が登場し、普通の穀物がバイオ災禍で汚染された世界で私服を肥やしている。さてこの世界では遺伝子組み換え生物の労力でねじまきエネルギーを作り出しているから、穀物独占はその遺伝子組み換え生物の食料をも独占していることでもあり、つまりは世界のエネルギーそのものも牛耳っているということになる。そんな巨大国際複合企業が国家の力をも凌駕した未来で、密かに反逆を企てる者を描いたのがこの「カロリーマン」ということになるのだけれど、これは現代のグローバリゼーション構造を歪に極端化し、その弊害をグロテスクに戯画化した世界だということが出来るかもしれない。現実でも農業のグローバル化により小規模農家の経営が圧迫されていたり、貿易関連知的所有権の保護を建前にグローバル企業が途上国の動植物種の品種を独占していたりして、そういった実に今日的なテーマを扱っているのがバチガルビSFの面白さなんだよね。
続けましょう。「タマリスク・ハンター」は渇水により水資源確保が死活問題と化したアメリカでその水を手に入れるために州どうしの殺伐とした争いが繰り広げられるという環境問題SF。これも実はグローバル化による水資源へのアクセス独占の現実を、未来のアメリカに矮小化した物語なんだよね。「ポップ隊」は不老長寿が可能となった世界で禁じられた「出産」という行為を取り締まる男の苦悩を描いた物語。これなども"自然"を完璧に管理しようとする行為を極端にグロテスク化した世界だよね。「イエローカードマン」も『ねじまき少女』のサイドストーリー。『ねじまき少女』にも登場するバイオ災害で国を追われた難民の男・チャンが主人公となり、舞台となる国タイの熱帯の夜のようにどんより暗くじっとり湿った物語を展開している。グローバリゼーションにより荒廃した途上国経済と国内地域間不平等は現実のタイでも顕著な貧富の差を生み出していて、この物語はそれを極端化して描いたものだということが出来るよね。「やわらかく」はこの作品集では異色な、妻を殺してしまった男の異常な心理を描いたもの。そしてタイトル作「第六ポンプ」は映画『26世紀青年』を髣髴させる「バカばっかりになった未来」をダークに描いた作品。これもジリ貧になった未来でもがき苦しむ人間たちを描いていて、実にバチガルビらしい。

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)

ねじまき少女 下 (ハヤカワ文庫SF)