スチーム・パンクSF『リヴァイアサン クジラと蒸気機関』は実はラノベだった

リヴァイアサン クジラと蒸気機関 / スコット・ウエスターフェルド

リヴァイアサン クジラと蒸気機関 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

リヴァイアサン クジラと蒸気機関 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

1914年、ヨーロッパではふたつの勢力が拮抗していた。遺伝子操作された動物を基盤とする、英国などの〈ダーウィニスト〉と、蒸気機関やディーゼル駆動の機械文明を発達させたドイツら〈クランカー〉。両者の対立は深まり、オーストリア大公夫妻の暗殺につながった……。両親を殺した一派に追われる公子アレックと、空への憧れから男装し英国海軍航空隊に志願した少女デリン。ふたりの運命はやがて巨大飛行獣リヴァイアサンで邂逅する! 奇妙なテクノロジーが彩る第一次大戦下の世界で少年と少女の成長と絆を描く、ローカス賞受賞の冒険スチームパンク三部作、開幕篇。

米国作家スコット・ウエスターフェルドの『リヴァイアサン クジラと蒸気機関』は第1次世界大戦勃発前夜のヨーロッパを舞台にしたスチーム・パンクSFだ。いわば歴史改変ものなのだが、この『リヴァイアサン』ではディーゼル駆動の二脚歩行兵器や八脚歩行兵器など描かれ、機械文明が現実とは違う進化を見せている。それと同時にダーウィン遺伝子工学を発達させ、それにより様々な人造生物や生体兵器、生体車両が登場するのだ。スチーム・パンクというとヴィクトリア朝時代を舞台に、重々しく物々しく仰々しくメカメカしいメカが闊歩する、というのがイメージだが、この『リヴァイアサン』では遺伝子操作された生体兵器が描かれるのがちょっと新しいのだろう。
現実に存在した近代社会のノスタルジックな文化や慣習の中に、現実とは異なったテクノロジー進化を遂げた文明がエクスポートされる、そのミスマッチさというか次元が一個ずれたような奇妙な異物感というのがスチーム・パンクの面白さなのだろうが、それにしても実際に書かれた物語を読んでみると、現実でもまだ可能になってないある種のテクノロジーだけが突出して進歩しているのって、そこまで到達するための前段階的なテクノロジーの進化を全部はしょっちゃっているようにしか見えなくてやっぱり違和感があるんだよなあ。やっぱりさあ、作中にコンピュータの影も形も無いのにどうやって遺伝情報の解析とかするんだ…とか考えると物語が全部嘘くさく見えてくるんだもの。
まあその辺は一種のファンタジーなんだ、と思って目を瞑ってもいいんだけど(いっそのこと魔法にしちゃえばよかったのに)、それとは別に物語運びがどうも好きになれなくてさあ。なんといっても主人公になるのは世間知らずのやんごとなき公子様の少年と、軍隊の飛行機械に乗りたいばっかりに男装しちゃうはねっかえりの少女(一人称は"俺")、というのが、読んでてなんだかむず痒くていけませんでした。他の登場人物も大人の厚みが無いというか翳りとか苦味とかがないという点ではなんだかジュブナイルっぽいしね。というかこれ、普通にラノベ設定なんだよね。まあ別にラノベを差別するつもりはないし、この作品が海外のヤングアダルト部門で様々な賞を受賞してるってことも考えると最初っからそういう物語だったんだろうけど、なにしろこっちはラノベだと知らなかったもんだから読んでて戸惑ってしまったわけなんですよ。
そんなでしたから前半は実は退屈で、もっと血飛沫とか臓物とか切り株とか不条理とか絶望とか狂気とか出てこないもんかなあ、と鼻ほじって読んでたんですが、主人公の少年少女がやっと出会う中盤から結構面白く読めるようになってくる。そうそうこれ。主人公二人が出会ってなんだかちょっと胸キュンしちゃって見せたりとか何とか甘酸っぱい雰囲気がちょっぴり出た部分でなんだか乗ってきたのね。ああ、少年少女だなあ、初々しくていいなあ、と思えちゃうわけですよ。でも少女はずっと男装したままだし、少年は相手の事を男だと思ってるし、この微妙なもやもや感がね、いいんですよ。最初から背伸びした状態で登場した二人だから全然可愛げがなくて、好きにすれば?と思って読んでたんだけど、二人が出会うことで二人はやっと年相応の少年少女になるんですよね。で、どうなるんだ?と思ってたら今度はいいところで幕、ですよ。なんでもこの『リヴァイアサン』、3部作の第1部目なんですよね。だから話は終わってないの。まあいいところで終わった、とも言えるんですが、しかし残りの2冊読む気があるか、というとこれがう〜ん、ってな感じなんですけどね。

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