町山智浩トラウマ映画館その1 / 核戦争後のクレイジーな世界〜映画『リチャード・レスターの不思議な世界』

■リチャード・レスターの不思議な世界（監督：リチャード・レスター 1969年イギリス映画）

第3次世界大戦は世界中に核の雨を降らせ、勃発から2分29秒で終結した。放射能渦巻く瓦礫の山と化した地球に、生き残った人類の数は極僅かだった。それから3年後。地球は猿の支配する猿の惑星に…じゃなくて、ヒャッハーッ！な人たちが改造車に乗ってヒャッハーッ！な戦いを繰り広げるマッドマックスな世界に…じゃなくて、放射能のせいなのかなんなのかアホアホになった生き残りの人たちがアホアホな騒ぎを繰り広げるアホアホな世界になってしまったのであったッ！？…というのが映画『リチャード・レスターの不思議な世界』なのである。ちなみにリチャード・レスターというのは監督の名前。

イギリス製作のせいかノリは殆ど『モンティ・パイソン』。というよりもしもモンティの面々が核戦争後の世界を舞台に映画を撮ったらこんな映画になったであろう、とさえ思わせる無茶苦茶な世界が描かれる。ギャグというよりはスラップスティック、コメディというにはあまりにもシュール、物語らしい物語は無いわけではないが、あらすじを書くのがどうでもよくなってくるような訳の分からない内容。「みんなお馬鹿になった未来世界」を描いた『26世紀青年』という映画があったが、この『リチャード・レスターの不思議な世界』は「みんなキチガイになった未来世界」が描かれるのだ。言ってみるならそれは『不思議の国のアリス』のキチガイ帽子屋の乱痴気パーティに放射能が降り注いで、皆さんさらにキチガイ度がアップしたところに90分間付き合わされているようなものだ。だから、映画を観終わった後、きっと誰しも面白い・面白くないという感想よりも「なんなのこれ？」とお口ポッカーンな状態に陥れられるだろう。

原題は『THE BED-SITTING ROOM』となっているが、映画では放射能の影響で”部屋”になってしまう人間が描かれるのでこんなタイトルなのだろう。放射能で人が部屋になる、ということ自体何の意味があるのか分からないのだが、これは英語のイディオムや隠語に関係するのものなのだろうか、英語に疎い自分にはよく分からない。それだけではなくこの映画の登場人物は洋服箪笥になったりインコになって挙句の果てに焼き鳥にされて食われてしまったりもする。地下鉄は自転車の人力発電で動き、空にはパトカーのぶら下がった気球が飛び、そのパトカーから警官が人々を監視する。ゴムの神を信奉するゴム教の男、TV画面の枠を持ち歩いてその枠からニュースを伝えるニュースリポーター、イギリス女王に祀り上げられたそのへんのおばさん等々、狂った人たちが現れて狂った騒ぎを巻き起こす。

しかも映画のロケーションは殆どがゴミ収集地やら産廃所やら汚水溜りばかり、これはきっとイギリス中のゴミ収取所や排水処理所でロケしたのに違いないと思わせるようなゴミと瓦礫と荒野ばかりが画面に映し出され、それは「核爆撃により焼け焦げ廃墟となった都市」みたいな廃墟美を伺わせる恰好いいものではなく単にどこまでも汚らしくババッちい風景ばかりを延々見せられることになる。ここまで徹頭徹尾ゴミ溜めばかり見せられる映画も確かに珍しい。しかしその荒涼とした風景とそこで生きる奇矯な成りの人々の様子は、どこかロシア製作のカルトSFムービー『不思議惑星キン・ザ・ザ』を思わせないでもない。

核の恐怖や核戦争後の世界を描いた映画はこれまでも数々と描かれているが、そのピークは冷戦構造最中の50〜60年代だったのではないだろうか。核戦争によって滅びつつある世界を描いた『渚にて』は1959年作、そして1962年のキューバ危機により核の恐怖が最もピークに達した時期には、1963年作の『博士の異常な愛情』、1964年作『未知への飛行』と、非常に重要な核戦争映画が作られている。その後冷戦は雪解けを見せ政局は核戦争抑止へと向かうが、1966年スペイン南部の上空で米軍機が墜落し4個の水素爆弾が落下した事故「パロマレス米軍機墜落事故」が起こり、それを題材にした映画『魚が出てきた日』が1967年に公開されている。これらの映画には当時の核兵器配備への社会批判や社会不安が背景にあるのだが、1969年作であるこの『リチャード・レスターの不思議な世界』では批評・不安そのものよりも「狂ったことを描こうぜヒャッハーッ！」というクレイジーであると同時に政治的には非常に醒めたモチーフが見受けられる。そこには、「核戦争で終わった世界」の遥か以前に、斜陽と化した大英帝国という「終わった世界」があったのではないか。世界の終わりのそれより以前に終わった世界。『リチャード・レスターの不思議な世界』には、核戦争よりもっと根深い終末が描かれていたのかもしれない。