旧約聖書 創世記編 / ロバート・クラム

旧約聖書 創世記編

旧約聖書 創世記編

内容紹介:世界中でベストセラー! アメリカンコミックの巨匠ロバート・クラムが4年がかりで描き上げ、「聖書の登場人物を血の通った人間に描いた」と話題になった傑作が、ついに日本語版で登場! 原典と数々の資料から、徹底したリアリズムで旧約聖書の世界を忠実に再現。今まで想像もしなかった本当の創世記がここにある!

ロバート・クラムといえばアメリカ60年代ポップ・カルチャーの申し子であり、アンダーグラウンド・コミックの草分け、という紹介が成されるが、フリッツ・ザ・キャットというキャラクターを生み出した存在であること以外は、日本人にとってちょっと馴染み薄いアーチストかもしれない。かく言う自分も、柳下毅一郎編・訳 である『ロバート・クラム BEST』を1冊読んだことがあるだけで、彼の功績を理解しているとはまるで言い難い。しかし『ロバート・クラム BEST』を読んで感じたのは、自分のユダヤ人としてのアイデンティティーに対する葛藤を、シモネタを含めてとても生々しく描いているコミック・アーチストだということだった。

60年代ポップカルチャーというキーワードから往時の政治・文化に対する反体制的な、今で言うならパンキッシュな表現活動をしていたということは想像できるが、そんな彼が、あろうことか、旧約聖書の創世記部分を、聖書の文言に殆ど解釈や省略などを加えず、できるだけ忠実に再現したコミックを描いた、というのが実に興味深かった。旧約聖書といえば膨大な系譜図が書かれているが、その系譜図に登場する人物一人一人の肖像さえこと細かに描き込んでいるのだ。

そこには『ロバート・クラム BEST』でも見られたユダヤ人的アイデンティティーの発露もあったのだろうが、それよりも、"ロバート・クラムが描いた"という部分に、実は旧約聖書それ自体への批評行為が成り立つ、とはいえないだろうか。それは例えば、かつてイギリスのニューウェーブ・バンド、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドが、ブルース・スプリングスティーンの「BORN TO RUN(明日なき暴走)」を下手なアレンジ無しにカヴァーし、にもかかわらず、それ自体がアメリカ的なロックンロール・キングへの批評となっていたことと似ているように思える。

しかも、"忠実に再現した"この旧約聖書の物語は、「天地創造」、「アダムとイブ」、「ノアの方舟」や「ソドムとゴモラ」などお馴染みのエピソードも含め、そこで語られている暴力とセックスが、それこそ旧約聖書に書かれている通りに、誤魔化し無しで描かれているのだ。また、そういった部分とは別に、聖書という宗教経典的な部分を離れ、当時の人々の生活や文化の片鱗に触れられるのがまた面白かったりする。現在何気なく使っている言葉には、実はこういった聖書的な部分があったのか、ということを知ることが出来るのも楽しい。自分のような日本人には、古の時代のある国家に生きた人々の、一つの寓話物語として読むことも十分出来、さらに旧約聖書を読んだ気にすらなれる、という部分で、意外とお得な読み物だった。

ロバート・クラムBEST―Robert Crumb’s troubles with women

ロバート・クラムBEST―Robert Crumb’s troubles with women